Nakamichi 1000
DIGITAL AUDIO RECORDING SYSTEM
DIGITAL AUDIO RECORDER 1000 ¥650,000
DIGITAL AUDIO PROCESSOR 1000P ¥550,000
ナカミチが1988年に発表した超弩級デジタルテープデッキシステム。DATと完全な互換性を保ちながらDATのメカニズム
回路などすべてにメスを入れ,テープデッキの雄ナカミチが徹底的にこだわって作り上げたデジタルレコーダーでした。伝統
の「Nakamichi1000」の型番を付けたナカミチの自信が「世界最高のレコーディングマシン」のうたい文句に表されていま
した。実際,テープトランスポート「1000」とD/A,A/Dコンバーターを搭載したデジタルオーディオプロセッサー「1000P」
の組み合わせは,史上最強のDATシステムでした。テープトランスポート部にあたる「DIGITAL RECORDER 1000」の最大の特徴は,「FAST」と称する高性能なテープトラ
ンスポートメカニズムにありました。「FAST」は「Fast Access Stationary tape guide Transport(ファス ト・アクセス・
ステーショナリーテープガイド・トランスポート)」の略で,スピーディーでダイレクトな操作感覚と究極の記録精度を実現した高
性能なDATメカニズムでした。
「FASTメカ」により,テープを入れカセットデッキさながらのカセットドアを手で閉めると,その瞬間テープは音もなくヘッドにローディン
グされ,わずか1.8秒という短時間で再生可能状態に入ることができました。「クイックローディングアーム」と称する特殊リンクアー
ムと対話型マイクロプロセッサーの働きで「テープを引き出すときには弱いトルクでゆっくり,途中は素早く,テープがヘッドにあたる
瞬間はまたゆっくり,そしてピンチローラーやローディングアームが定位置にロックされるときは強いトルクでゆっくり」とアーム速度や
力の入れ具合を理想的にコントロールするという驚異的な精密メカニズムでした。その結果,テープに負担をかけることなく,従来の
2倍以上のローディング速度を実現していました。また,「FASTメカ」では,シンプルなテープパス構造を活かした「ハーフロードポジション」を設定していました。FFまたはREWボタン
を2回続けて押すとテープがヘッドから完全に離れた状態にセットされ,即座に400倍速の早巻きが始まり,徐々に加速し中央部付
近では約600倍速にも達し,テープが終わりに近づくと150倍速以下に減速し,テープ終端のリーダーテープを検知するとリールモ
ータを制御したソフトなブレーキングが行われというもので,結果として,120分テープで従来45秒〜60秒程度もかかっていた早巻
き時間を,テープにほとんど負担をかけることなく19秒にまで短縮していました。「FAST」のもう一つの大きな特徴は「ステーショナリーテープガイド」でした。DATのトラック幅は13μmとVHSの3倍モードの19μm
よりはるかに狭いため,非常に高い走行精度を要求されています。具体的には,毎分2000回転でまわるヘッドでわずか1000分の
13ミリのトラックを正確にトレースさせるためには,回転ヘッドに対するテープのアライメント,すなわち「横傾斜」「高さ」「前後のアオリ」
の3点の精度をひときわ厳密に管理する必要があります。通常のDATのメカニズムでは,このアライメント管理をローディングのたびに
移動する一対の可動式テープガイドによっていました。ナカミチ1000では,従来のテープガイドとはテープをはさんだ反対側に固定式
のテープガイドを設け,テープを押しあてるだけで正確なアライメントをテープに与える構造になっていました。つまり,従来当たり前のよ
うに共用化されていたガイドピンとローディングピンを独立させ,テープとヘッドの位置関係の精度を飛躍的に高めることに成功した方式
だったのです。この「ステーショナリーテープガイド」には,高精度で滑りがよく耐摩耗性にブラファイト系エンジニアリング・プラスチックが
使われ,半永久的に正確なアライメントを保証するようになっていました。「FAST」の動作はナカミチのカセットデッキの伝統に則った高精度で極めて静粛なものでした。それは,大トルク・低回転のモーターに
よるテープを滑らかにピックアップするクイックローディングアーム,俊敏なコントロールのリールサーボやブレーキ,余裕の4D.D.方式
などナカミチ自慢の”サイレントメカニズム”で培われたノウハウの固まりでした。ヘッドの形状のくふうやステーショナリーテープガイド
によるテープの表面振動の効果的な吸収,高剛性シャーシと重量級ヘッドブロックによる不要共振の低減などの働きにより,極めて静
かなテープ走行も実現していました。これらの徹底した騒音・振動対策は,メカニズムとテープのロングライフを保証するものでもありま
した。「1000」に搭載のヘッドは,録音/再生2個ずつの専用高精度ヘッドをそれぞれ90°おきに配置した4ヘッドシステムでした。テープ
/ソース切り換え時のあらゆるノイズを有効に遮断する超高速デジタルミューティング回路網の開発により,アナログさながらのスムー
ズなアフターモニターが実現していました。
また,新しい技術が次々に登場するデジタルオーディオの進歩に対応するため,ケース,電源部,操作部以外のほとんどが差し替え可
能なプラグインユニット方式を採用し,オプションとして供給される交換ユニットをリアパネルのポートから差し替えることで最新の技術を
吸収し,「1000/1000P」のシステムは常に成長するマシンとして作られていました。
「1000」では,リモートコントローラーもこだわりの固まりでした。「1000」の本体の操作部をそのままリモートコントローラーに
仕立てるという考え方で作られたリモートコントローラー「1000r」は,キーレイアウトやサイズはもちろん,キーのストロークまで
「1000」本体のものを忠実に再現し,リモート操作時の違和感を払拭していました。「1000r」は「1000」本体のほとんどの機
能を備えており,しかも2台までの「1000」を独立して操作できる機能を持っていました。注文時にワイヤード,ワイヤレスのどち
らにするかを選ぶ仕様になっていました。当然のこと,電源部や構造体をはじめ各部とも音質重視設計で貫かれていました。トロイダルトランスとディスクリートレギュレータ
ーによる大容量のマルチパワーサプライの電源部,重量級アルミシェルと銅メッキシャーシを結合した共振制動構造,ノイズ発生
の心配がなく柔らかな色調のフルスタティックインジケーターなどを特長として備えていました。D/A,A/D変換を行うデジタルオーディオプロセッサー部「1000P」は,究極の高精度をめざした設計が特長でした。
「20ビットフルキャリブレート・D/Aコンバージョンシステム」と名付けられた「1000P」のD/Aコンバーターは3つの独創的なキー
テクノロジーからなっていました。1つ目が高変換精度を半永久的に保証するための「デジタルROMキャリブレーション」でした。こ
れは,D/Aコンバーター基板に装着された,1台ごとの補正データを記憶したキャリブレーテッドROMによる全ビットの完全補正で
圧倒的な高変換精度を半永久的に実現するものでした。工場出荷時に1台ごとに計測用の22ビットA/Dコンバーターを接続して
そのD/A変換エラーを精密に測定し,このエラーデーターをROMに書き込み,それを各機のD/Aコンバーター基板に装着すると
いうもので,半固定抵抗などによるアナログ式と異なり,デジタルデータをROMによって直接調整することで完全な精度補正が半永
久的に実現していました。
2つ目が,超高精度な20ビット変換を実現するための「タンデム20ビットコンバーター」でした。これは,タンデム(縦列)配置された
2基のD/Aコンバーターに上位ビットと下位ビットをそれぞれ分担させることで余裕溢れるD/A変換を実現するものでした。デジタ
ルフィルタの20ビット出力を上(14ビット)下(6ビット)に2分割し,それぞれを専用の16ビットD/Aコンバーターで処理した後,ふた
たびデジタル加算することで20ビット動作を行うという方式でした。それぞれのD/Aコンバーターは十分な余裕をもって動作しており
特に高精度が要求される下側6ビットに対しては16ビットコンバーターの上位6ビット分だけを使用でき,きめめてリニアな変換が実
現されていました。また,上側14ビットに対しても2ビット分の余裕があり,高い変換精度が実現していました。デジタルデータが自由
に加算,減算できることを利用した独創的な方式で,単に16ビットに4ビットを追加した20ビットコンバーターとは比較にならないほど
の高精度を実現したということでした。また,デジタルフィルターには,高精度な20ビット8倍オーバーサンプリングのものが搭載され
ていました。
3つ目は,「グリッチイレーサー」でした。これは,D/Aコンバーターの動作タイミングの微妙なずれによって発生するスイッチングノイ
ズの一種である「グリッチ」をデジタルデータの段階でなくそうとするものでした。従来のD/Aコンバーターでは発生したグリッチをサン
プルホールドすることでアナログ的に除去していましたが,サンプルホールド回路自体のスイッチングノイズが微少信号をマスクし,正
確な音楽信号の再現が困難になっていました。「グリッチイレーサー」では,原理的に音質劣化の心配のないデジタルデータの段階で
あらゆるグリッチの発生箇所を前もって予測し,完璧なまでに打ち消すことにより,0.0015%という理論限界値の超低歪率を達成し
ていました。A/Dコンバーターセクションには16ビット精度の限界に迫る「サンプルホールドレス・オートキャリブレーションA/Dコンバーター」が
搭載されていました。オーディオ用のA/Dコンバーターには積分型,逐次比較型(重み付けに電流源や抵抗などを使用したもの),
多段ノイズシェーピング型の3方式があります。多段ノイズシェーピング方式を除いては,方式的にどうしても音質に有害なサンプルホ
ールド回路が必要となっていました。そこで,1000Pでは,S/Nや変換速度の点で優れた逐次比較型をベースにしながら,重み付
けに電荷を使用することでサンプルホールド回路を不要にした新しいA/D変換方式「電荷比較法」をオーディオ機器用として初めて実
用化して搭載していました。(当時,多段ノイズシェーピング型はサンプルホールド回路が不要となる,高い可能性を秘めた技術でした
が,まだ完成度の面で問題があったため,1000Pでは採用されなかったようです。)
1000Pでは,高い変換精度を保証するため,全ビットの”重み付け”精度を自動較正する「オートビットキャリブレーションシステム」を
搭載していました。電源を入れると自動的にわずか1.4秒ほどでほぼ完璧な16ビット精度にチューニングされるというもので,キャリ
ブレーション機能が作動する限り経年変化による精度の劣化が起こり得ないという優れものでした。チューニングはデジタル方式で行
われるため,半固定抵抗などで行われるものとは比較にならないほどの高い信頼性を誇るということでした。
さらに,A/Dコンバーター部にも16ビット2倍オーバーサンプリングデジタルフィルターを採用し(プロ用機でもA/Dコンバーターには
採用例があまりなかったようです。)高音質のA/D変換を実現していました。デジタルインターフェース部には,ナカミチ独自の「デジタルデータ・スタビライザー」と2基のPLLがデジタル信号に重畳されるジッター
などの外乱をシャットアウトする仕組みになっており,デジタルデータの「ゆらぎ」の問題を根本的に解決していました。アナログセクショ
ンは,バランス入出力端子を装備し,完全ディスクリート構成の完全バランス伝送方式を採用していました。
レベルメーターには,プロ仕様の超高精度(誤差±0.2dB以内)のデジタルレベルメーターを搭載していました。これは,精緻なディス
クリート駆動回路と専用LSIにより,他のインジケーター類と共に音質に影響を与えないフルスタティック点灯となっていました。また,
「1000」同様,筐体は重量級アルミシェルと銅メッキによる共振制動構造で,電源部は大型のトロイダルトランスによるマルチパワー
サプライの強力なものでした。入出力端子として,コアキシャル/オプティカル両方式のデジタル入出力端子を備え(DAT録再2系統,デジタルAUX1系統)ていまし
た。標本化周波数48kHz/44.1kHz(再生のみ)/32kHzすべてに対応し,DATの相互コピーができる仕様となっていました。ま
た,業務用として44.1kHzでの録音にも対応しSCMSに無関係でCDのデジタルコピーも可能な「1000PROFESSIONAL」も発売
されていました。例外的に「1000PROFESSIONAL」に自由なデジタルコピーが可能とされていたのは,業務用の分野でCD作りの
マスターレコーダーとしての使用が前提と考えられていたからだと言われています。
Nakamichi 1000PROFESSIONALまた,「ナカミチ1000」には,デジタル出力専用のCDプレーヤ(つまりCDトランスポート)1000mb(¥550, 000)があり,「1000」,
「1000P」と組み合わせて使用することにより,高音質なCD再生,録音ができるデジタルオーディオシステムができあがりました。(そ
の総額は何と¥1,750,000!)
以上のように,「ナカミチ1000」はナカミチが1000番をつけた入魂のDATシステムでした。「世界最高のレコーディングマシン」を名乗
る資格十分といった究極の高性能レコーダーでした。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
未来からの招待状
Nakamichi1000デジタルレコーディングの極限へ
一気にアクセスする次世代DATメカニズム<FAST>◎究極の次世代DATメカニズム<FAST>
◆ローディングタイム1.8秒,早巻き19秒のファスト・アクセス
◆テープとヘッドの位置関係を厳密に管理する
ステーショナリーテープガイド
◆静かでスムーズなテープオペレーション
◎アフターモニターを可能にした4ヘッドシステム
◎<1000>に無限の可能性と価値を約束する
プラグインユニット方式
◎アブソリュートタイムシステム
◎リモートコントローラー<1000r>付属原音再生への執念が生んだ
超絶のデジタルプロセシングマジック◎製品1台ごとの「処方」に基づき全ビットを完全補正
理論限界の高変換精度を達成した
<20ビット・フルキャリブレート
D/Aコンバージョンシステム>
◆高変換精度を半永久的に保証する
デジタルROMキャリブレーション
◆真の20ビット変換方式,タンデム20ビットコンバーター
◎全ビットの自動較正で16ビットの限界に迫る
<サンプルホールドレス・オートキャリブレーション
A/Dコンバーター>
◆電荷比較方式の採用によりサンプルホールド回路を排除
◆完璧なまでの16ビット精度を保証する
オートビットキャリブレーションシステム
◎ツインPLLスタビライズド・インターフェース
◎デジタルデータ直読式・32ドットピークレベルメーター
◎完全バランス伝送によるアナログセクション
■Nakamichi1000 Digital Audio Recorder■
型式 | 回転ヘッド方式デジタルオーディオレコーダー (DATテープ使用) |
標本化周波数 | 48kHz,32kHz(録音/再生) 44.1kHz(再生) ※ PROFESSIONAL仕様 |
ヘッド回転数 | 2000rpm(録音/再生時) |
テープ速度 | 8.15mm/s |
ワウ・フラッター | 測定限界以下 |
デジタル入力 | 75Ω同軸/光(切換) |
デジタル出力 | 75Ω同軸/光(パラレル) |
電源 | AC100V 50/60Hz |
消費電力 | 最大40W |
外形寸法 | 435W×133H×370Dmm 483W×133H×370Dmm(※PROFESSIONAL) |
重量 | 約16kg 約16.5kg(※PROFESSIONAL) |
■Nakamichi1000P Digital Audio Processor■
(D/Aコンバーター部)
方式 | 20ビット・フルキャリブレートD/Aコンバーター 20ビット・8倍オーバーサンプリングデジタルフィルター使用 |
標本化周波数 | 48kHz/44.1kHz/32kHz |
周波数特性 | 5〜20,000Hz±0.5dB ※ |
S/N比 | 106dB以上 ※ |
ダイナミックレンジ | 100dB以上 ※ |
全高調波歪率 | 0.0005%(1kHz) ※ |
全高調波歪率・雑音 | 0.0015%(1kHz) ※ |
チャンネルセパレーション | 106dB以上 ※ |
(A/Dコンバーター部)
方式 | 16ビット・オートキャリブレートA/Dコンバーター 16ビット・2倍オーバーサンプリングデジタルフィルター使用 |
標本化周波数 | 48kHz
※ PROFESSIONAL仕様 |
周波数特性 | 5〜22,000Hz±0.5dB ※※ |
S/N比 | 95dB以上 ※※ |
ダイナミックレンジ | 95dB以上 ※※ |
全高調波歪率 | 0.0022%(1kHz) ※※ |
全高調波歪率・雑音 | 0.003%(1kHz) ※※ |
チャンネルセパレーション | 85dB以上 ※※ |
(入/出力)
デジタル入力 | 75Ω同軸/光(切換)×3 |
デジタル出力 | 75Ω同軸/光(パラレル)×2 |
ライン入力 | (平 衡) 50mV(−18dB,Rec Level最大)/40kΩ (不平衡) 50mV(−18dB,Rec Level最大)/25kΩ ※ PROFESSIONAL仕様 |
ライン出力 | (平 衡) Fixed 2V(0dB)/100Ω Variable 2V(0dB,Output Level最大)/100Ω (不平衡) Fixed 2V(0dB)/1kΩ Variable 2V(0dB,Output Level最大)/1kΩ ※ PROFESSIONAL仕様 |
ヘッドホン出力 | 100mW(0dB,Phones Level最大)/40Ω |
(総合)
電源 | AC100V 50/60Hz |
消費電力 | 最大70W |
大きさ | 435W×133H×370Dmm 483W×133H×370Dmm(※PROFESSIONAL) |
重量 | 約17.5kg 約18kg(※PROFESSIONAL) |
※本ページに掲載したNakamichi1000の写真,仕様表等は1989年4月の
Nakamichiのカタログより抜粋したもので,ナカミチ株式会社に著作権があり
ます。したがってこれらの写真等を無断で転載・引用等することは法律で禁じら
れていますのでご注意ください。
※本ページを制作するにあたり,小船様より貴重な資料のご提供をいただきま
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