TEAC AL-700
STEREO ELCASET DECK ¥198,000
1976年にティアックが発売したエルカセットデッキ。「オープンリールの音をカセットで」のうたい文句
のもと,ソニー,ティアック,テクニクスが共同開発したエルカセット規格のティアックの第1号機である
とともに,ティアック唯一のエルカセットデッキでした。
エルカセットは,ソニー,ティアック,テクニクスがこの2年ほど前から共同開発していたテープデッキの
規格で,オープンリールと同じ6.3mm幅のテープをA-6サイズ(文庫本サイズ)のカセットにおさめ,
9.5cm/sのテープ速度と相まって,オープンリールの音をカセットの便利さで実現しようとしたものでし
た。実際,このテープ幅とテープ速度により,単位時間あたりの記録に使われるテープ面積は通常のカ
セットテープの約3.3倍になり,そこに記録可能な情報量がうかがい知れます。
エルカセットのもう一つの特徴が「アウターテープガイダンス方式」でした。カセットテープの場合,カセッ
トハーフの加工精度が大きくテープの走行性能に影響を及ぼすことは知られています。エルカセットで
は,カセットハーフの影響を抑えるために,テープをカセットハーフから引き出し,デッキのメカニズムで
ホールドして駆動することで,デッキの性能により高い走行精度が実現されるようになっていました。ま
た,この方式によりデュアルキャプスタン方式や3ヘッド化が容易にできるというメリットもありました。
ティアックは,テープデッキ等回転系を持つ機器の分野で高い技術を誇るブランドであり,同社の計測用
データレコーダーの技術を盛り込んで作り上げられたのが,このAL-700でした。
AL-700の駆動系は,キャプスタン用にFGサーボDCモーター,左右のリール用にコアレスDCモーター
を搭載し,3モーターオープンリールデッキのメカニズムをそのまま導入した,耐久性に優れ,スピーディ
ーな操作が可能な3モーターシステムが採用されていました。
走行系には,オープンリール譲りのクローズドループデュアルキャプスタン方式が採用されていました。
このクローズドループデュアルキャプスタン方式は,2組のキャプスタンとピンチローラーでガッチリとテー
プを挟んで駆動し,2組のキャプスタンのわずかな回転差によってテープテンションを与え,外乱によるフ
ラッター成分をシャットアウトでき,安定したテープ走行が実現されますが,2組のキャプスタンの回転数に
異常が出た場合,テープテンションが高くなりすぎたりするなどの危険性もあり,オープンリールテープに
比べて1/2〜1/3という薄いエルカセットのテープにとっては,よりソフトなテンションかかるように制御
する必要があります。AL-700では,このために駆動ベルトとは別に,外側のフライホイールに直接,幅
広の補助ベルトをかけ,もし万一,リール台の負荷変動や駆動ベルトの弾性変化などによって,キャプス
タンどうしの回転差が大きくなっても,補助ベルトが機械的なサーボの役目を果たし,常に一定のソフトな
テンションを与えるようにした「ツインベルト方式」が採用されていました。
安定したテープ走行を確保するために,ピンチローラーには,「自動調芯ピンチローラー」が搭載されてい
ました。従来,ピンチローラーは,アームによる可動式で,しかも摩耗や変形の心配のあるゴムを使用し
ているため取り付け精度が出しにくいという問題がありました。AL-700に搭載された「自動調芯ピンチロ
ーラー」は,ローラーシャフトをとり囲む数個の金属ボールがローラーをサポートし,普通のローラーの3倍
のアソビを持たせた構造になっていました。ボールはワンポイントでローラーに接しているため,ローラー
シャフトが斜めになったり,ローラーのゴムが片減りを起こしても,アソビの範囲内で常にキャプスタンに均
等に圧着することができるようになっていました。この方式は,ひんぱんに圧着を繰り返し,高速でテープを
駆動するデータレコーダーに搭載されていた機構で,AL-700のテープ走行の信頼性を高めていました。
キャプスタンには「マグネフロートキャプスタン」が搭載されていました。キャプスタンを滑らかに回転させる
ためには,シャフトの方向(スラスト方向)にほんのわずかなアソビを設け,各部の摩擦から逃れる必要が
あります。しかし,時には,シャフトのアソビが開店中の前後動になって,テープ走行に悪影響を及ぼすこ
とがあります。AL-700のキャプスタンは,ティアック得意のマグネフロート方式が取り入れられ,フライホ
イールと軸受けの近接する部分にそれぞれマグネットを設け,同磁極どうしの反発力によって常にキャプ
スタンシャフトを底部の一点に押しつける構造になっており,スプリング等を用いたものと異なり,機械的な
ノイズや摩擦も極めて少なく,耐久性も高く,シャフトの前後動をシャットアウトする機構が完成されていま
した。
録音ヘッド,再生ヘッド,消去ヘッドがそれぞれ独立した3ヘッド構成で,録音ヘッドと再生ヘッドには,高硬
度パーマロイヘッド,消去ヘッドにはフェライトヘッドが搭載されていました。また,デュアルキャプスタン方式
3ヘッド方式では特に重要となる,ヘッドの取付け精度の確保のため,ティアック称するところの「固定式ヘッ
ド」という方式がとられていました。これは,ヘッドの後部に突き出た一体構造のダイキャスト冶具と中央部
にあるキャプスタンシャフトと同じ精度で研磨されたピンが,(1)ヘッドの高さ(ハイト)(2)首振り(タンジェン
シー)(3)アゴ出し(チルト)を厳密に決定する構造で,従来の3点調整方式に比べて,ヘッドの取付け精度が
大きく高められ,1本のビス調整でアジマス調整が可能というもので,激しい振動の中で様々なデーターを記
録する車載用データレコーダーの技術とノウハウから生まれた方式でした。
テープ走行のコントロール機構は,マイクロスイッチとロジック回路により,ソフトで正確な操作が可能なロジ
ックコントロールで,操作ボタンは中央に配置されていました。また,一番上の真ん中にはREC MUTEボタ
ンが装備され,録音中に無信号録音を簡単に作れるようになっていました。
ノイズリダクションとしてドルビーNR(Bタイプ)が搭載され,FMエアチェックの際に19kHzのパイロット信号
による誤動作を防ぐMPXフィルターも搭載されていました。また,ティアックらしく,専用のdbxシステムユニッ
トを接続する専用端子も装備され,NRスイッチにも,EXT(dbx)のポジションが設けられていました。
入力は,LINEとMICを備え,それぞれ独立してのレベルコントロールができるようになっており,マイクミキシ
ングができるようになっていました。
テープポジションは,バイアス,イコライザ独立のTYPE-T(NORMAL),TYPE-U(FeCr),TYPE-V(Cr)
が装備されていました。
また,エルカセットに共通の規格として,カセットシェルにつけられた検出孔によるバイアス,イコライザー自動
切換,選択用ツメの検出によるドルビーNR・ON/OFF自動切換,リーダーテープを光電式で検出し,テープに
不用な張力をかけないするオートエンドストップ機構なども装備されていました。
以上のように,オープンリールデッキの性能をカセットで実現しようとした意欲的な規格であったエルカセットデ
ッキAL-700は,ティアックのエルカセットデッキとしてメカニズム,機能ともよく練られた完成度の高いものでし
た。また,メカニズムに強いティアックらしさが各所に盛り込まれ,デザインの上でもティアックの個性を感じさせ
る1台でした。オープンリール,カセットの弱点を十分に研究したその内容,性能はすぐれたものでしたが,テー
プ,デッキとも高価であることや,カセットテープにメタルテープが出現したことで,カセットの上位規格としての意
義が薄れたことなどから普及するには至りませんでした。しかし,オープンリールに通じる安定感と余裕のある
音は魅力的なものでした。