DENON
DP-S1
CD TRANSPORT ¥880,000
1993年,デンオン(現デノン)は,セパレート型CDプレーヤーDP-S1,DA-S1を発売しました。
このころデンオンは,「Sensitive」を頭文字とした「S1」を型番に入れた「S1シリーズ」を展開し,
セパレートアンプ,プリメインアンプ,カートリッジ,昇圧トランス等高級機を発売していきました。
DP-S1とDA-S1のペアは,このシリーズのCDプレーヤーで,デンオンの歴代CDプレーヤーの
中でも最高級機でした。
デンオンはコロムビアというソフト部門を持ち,1972年,世界に先駆けてPCM録音によるレコー
ド作成を行っているなど,デジタルオーディオに関する技術には確かなものがあり,CDのオリジネ
ーター・ソニーと並び,1981年には,業務用CDプレーヤーのDN-3000Fも出しており,民生用
仕様のDN-3000FCも発売していました。しかし,いくつかのブランドがセパレート型CDプレーヤ
ーを発売する中,
DCD-1800,
DCD-3500シリーズを
はじめとする一体型CDプレーヤーですぐ
れた製品を出していましたが,セパレート型CDプレーヤーは発売していませんでした。そして,当
時,デジタルオーディオのもう一つの雄デンオンのそんな状態に物足りなさを感じているオーディオ
ファンがいたのも事実でした。そこに,満を持した形で登場したのがDP-S1とDA-S1のペアでした。
トランスポート部のDP-S1は,振動対策を徹底した設計が特徴となっていました。CDが発表され
た当時,「デジタル処理だからCDトランスポートの性能や振動による音質の差は生じない。」と言
われていましたが,実際には振動による音への影響も大きいことが分かり,各社ともCDプレーヤー
への振動対策を行うようになっていきました。
DP-S1では,振動を起こしやすいトレイ部を排除したトップローディング機構を採用し,ドア開口部
には,スピーカーからの音圧による空気振動の影響をも排除するために特殊エアシールドが施さ
れていました。また,レーザーの反射光を読み取る際の外来光の影響を避けるために,外来光を
シャットアウトするアルミダイキャスト製のドアとなっていました。さらに,リッド部を含めたトランスポー
トメカを収める筐体デザインは,外部からの音圧等の空気振動の影響を受けにくいラウンドフォル
ムとされ,このフォルムは,デンオン製アナログターンテーブルに通じるものがあり,デザイン的に
もひとつの大きな特徴となっていました。
メカニズムを支えるメカベースには,重量級の極厚の砂型鋳物が採用されていました。高圧で鋳型
に圧入するダイカストに比べ,砂型鋳物は歪みが少なく,丈夫で鳴きにくいというメリットがあり,振
動を抑制する働きがより大きいものでした。まずメカベースが、ボトムシャーシからフローティングさ
れ,次に特殊粘弾性シールドとスプリングの2重構造でメカトラパースがフローティングされ,さらに
ピックアップがメカベースの台座からフローティングされる3重構造により,徹底した振動抑制が行
われていました。これを支えるシャーシフレーム(ボトムシャーシ)も重量級の砂型鋳物製で,この
ボトムシャーシを支える脚(インシュレーター)は焼結合金にアルミニウムをかぶせた複合構造で,
さらにこれに銅板とテフロンをはさみ込み,接地面には純毛のフェルトを使用したものが搭載され
ていました。以上のような徹底した複合的耐振構造がDP-S1の大きな特徴でした。
また,内部のレイアウトも,ピックアップメカは外部振動の影響を最も受けにくい中央部に配置され
重量のある電源トランスも中央後方に配置されていました。そして,左右の基板はそれぞれ,電源
部,トランスミッター部に分けられ,できるだけ左右対称になるよう,重量バランスにも配慮した設計
となっていました。
ディスクドライブ部はターンテーブル方式ではありませんでしたが,ディスク全面に圧着する大口径
のスタビライザーを装着する形になっていました。このスタビライザーは重量300gのアルミ削り出
しのもので,ディスク全面をホールドすることで,共振を抑え,読み取り信号のジッターの発生を防
ぐとともに,スタビライザーが生み出す慣性により回転の安定性を確保し,読み取りジッターマージ
ンを向上させる働きをしていました。
この重量級のスタビライザーごとディスクを回転させるモーターには,アナログプレーヤーのモーター
にも匹敵するトルクを有し,コギングもない新開発の高トルク・ホールモーターが搭載され,これに
直径6mmの極太スピンドルシャフトが採用されていました。さらに,このスピンドルを支える軸座に
は,高い硬度をもち,摩擦係数の少ないルビーが使用されていました。
ピックアップの駆動には,ギアを用いず無接触でスムーズに高速で移動するリニアモーター駆動が
採用され,ピックアップの微小送り分解能の向上により,高い読み取り精度が確保されていました。
また,信号処理部の読み出しバッファーRAMの大容量化(32K)により,従来比7倍もの±28フレ
ームにもおよぶジッターマージンを確保し,読み取りエラーの低減が図られていました。
DP-S1は,様々なデジタルインターフェースに対応するために,ST-Link,Tos-Link,平衡型ライ
ン(AES/EBUバランス伝送)XLR,不平衡型(2線式同軸アンバランス伝送)RCA,BNCの5種類
8系統の出力が搭載されていました。レベル1搭載の高い精度をもつ水晶発振回路によって極めて
高品位な送信が実現していました。さらに,DA-S1との組み合わせでは,D/Aコンバーター側のマ
スタークロックでCDトランスポート側のICが同ータイミングで作動し,デジタル伝送で生じるクロックの
ジッターの完全追放を可能にしたST Gen-Lockによる動作が可能となっていました。このST Gen-
Lockによる同期ドライブは,ST-Link,Tos-Link,XLR,RCA,BNCのデータ伝送すべてに対応し
ていました。
DENON DA-S1
D/A CONVERTER ¥780,000
D/AコンバーターのDA-S1は,DP-S1とのペアを想定したD/Aコンバーターで,単体として他のCD
デッキとの組み合わせも可能なように多彩な入力が装備された高性能D/Aコンバーターでした。
デンオンは,一貫してマルチビットタイプのD/Aコンバーターを搭載してきたブランドで,マルチビットで
変換精度を高めてきた技術的蓄積がありました。DA-S1には,その技術的積み上げの「ALPHAプロ
セッサー」が搭載されていました。これは「Adaptive Line Pattern Harmonized Algorithm」を略し
た名称で,16ビットデータを20ビットクオリティで再現しようとするアナログ波形再現技術で,CDなどに
記録されているデジタルデータを手がかりに,下位4ビットを演算合成して自然なアナログ波形に近づく
ように補間を行い上位に加算する技術でした。この「ALPHAプロセッサー」は,また同時に,記録方法
が異なるCDをかけた場合においても,入力信号を判断して,遮断帯域を自動的に可変する世界初の
適応型デジタルフィルター(Automatic Low Pass filter Harmonic Adjustment)としても機能する
ようになっていました。
D/Aコンバーターには,「Λ S.L..C.」が搭載されていました。これは,「ラムダ・スーパー・リニア・コンバー
ター」の略で,デンオンによるマルチビット方式の改良型でした。マルチビット方式で問題になるゼロクロ
ス歪みを解消するため,D/Aコンバーターチップ内部に,超高精度20ビット電流加算型DACを2個差動
配置する(Λ=LAMBDA=Ladder-form Multiple Bias D/Aプロセッサー)ことで原理的にゼロクロス歪み
の発生を抑えていました。具体的には,入力の正負に応じて規定のゼロレベルをわずかに移動させ(符
号値でずらすためデジタルバイアスと呼ぶ),ゼロクロス歪みの影響の大きい小振幅では,規定0ライン
を横断させないような動作になっていました。また,ゼロを±に変位させた2種類のデータをD/A変換後
に加算すれば,±のシフト分はキャンセルされ,部分的に発生している歪みが打ち消される効果もあり
ました。
クロック発振回路には,EIAJ規格で定められた業務用と民生用機器のサンプリング周波数に厳密に対
応し,レベル1,レベル2の2つのモードを搭載していました。また,DP-S1との使用時には,このマスター
クロックでCDトランスポート側のICが同期して作動してジッター排除するST Gen-Lockによる動作も可
能となっていました。
デジタル入力は,様々なデジタルインターフェースに対応するために,ST-Link,Tos-Link,平衡型ラ
イン(AES/EBUバランス伝送)XLR,不平衡型(2線式同軸アンバランス伝送)RCA,BNCの5種類
8系統が搭載され,DP-S1の出力に完全に対応していました。
アナログ出力段には,FET入力ディスクリート無帰還A級DCアンプを搭載し,低出力インピーダンスと
広ダイナミックレンジを実現していました。また,DCサーボ回路により直流成分をカットしており,アンプ
やスピーカーへの直流成分漏れを防いでいました。
アナログ出力は,平衡型(BALANCE),不平衡型(UNBALANCE)それぞれ1系統の計2系統が装備
されていました。バランス出力では,出力波形の対称性の時間軸精度を高めるために,従来の反転アン
プやトランスを用いたバランス回路ではなく,デジタルフィルター出力からデジタル演算により反転信号を
作り出し,D/Aコンバーターの出力段をバランス駆動し,デジタル処理で,対称性の精度を高めて,一層
ピュアな信号増幅が可能なバランス出力段としていました。また,バランス出力アンプは専用のアンプボー
ドで別系統とされ,信号がアンプを何段も通過することがなく,よりピュアな出力が可能となっていました。
内部のレイアウトは,DP-S1と同様に左右の重量バランスを考慮し,相互干渉を抑えるレイアウトがとら
れていました。中央部に重量があり,外部への電気的干渉や振動源になりうる電源トランス及びデジタル
ノイズの発生源でもあるデジタル部を配置し,その左右にLch,Rchのアナログ回路を配置したL・R分離
構造がとられ,すぐれたチャンネルセパレーション特性も確保していました。電源トランスは大・小2つのト
ロイダルトランスが搭載され,強力な電源部を構成していました。
また,超高速フォトカプラによって全信号ラインのデジ・アナ分離を実現したことで,アースラインから,デジ
タルノイズがアナログ信号に漏れ込むことがないようになっていました。さらに,デジタル回路からアナログ
段等,相互干渉を防止するために,中央部と左右がシールドされた3フレーム構造で,シールドは高周波
ノイズを防ぐ銅メッキシールドが採用されていました。底板は2枚重ねで剛性が確保され,底部を支える脚
は,DP-S1と同じものが搭載され,すぐれた耐振構造となっていました。
以上のように,デンオン初のセパレート型CDプレーヤー・DP-S1,DA-S1は,デンオンらしい筐体デザイ
ンの中に,伝統的に積み上げてきたオーソドックスな技術としっかりとした物量を投入した正統派の1台で
した。そして,その雄大ともいえる堂々たる再生音は,デジタルオーディオのもう一つの雄・デンオンの存在
感を示していました。