EL-D8の写真
SONY EL-D8
STEREO TAPECORDER ¥150,000

1977年に,ソニーが発売したエルカセットデッキ。「オープンリールの音をカセットで」のうたい文句
のもと,ソニー,ティアック,テクニクスが共 同開発したエルカセット規格の中で,唯一の可搬型モデル
で,ソニーお得意の「デンスケ」の名を冠した「エルカセットデンスケ」でした。

エルカセットは,ソニー,ティアック,テクニクスがこの3年ほど前から共同開発していたテープデッキの
規格で,オープンリールと同じ6.3mm幅のテープをA-6サイズ(文庫本サイズ)のカセットにおさめ,
9.5cm/sのテープ速度と相まって,オープンリールの音をカセットの便利さで実現しようとしたものでし
た。実際,このテープ幅とテープ速度により,単位時間あたりの記録に使われるテープ面積は通常のカ
セットテープの約3.3倍になり,そこに記録可能な情報量も大きくとれました。
エルカセットのもう一つの特徴が「アウターテープガイダンス方式」でした。カセットテープの場合,カセッ
トハーフの加工精度が大きくテープの走行性能に影響を及ぼすことは知られています。エルカセットで
は,カセットハーフの影響を抑えるために,テープをカセットハーフから引き出し,デッキのメカニズムで
ホールドして駆動することで,デッキの性能により高い走行精度が実現されるようになっていました。ま
た,この方式によりデュアルキャプスタン方式や3ヘッド化が容易にできるというメリットもありました。

走行系は,キャプスタンが直接モーター軸になっているダイレクトドライブ方式が採用されていました。キ
ャプスタンモーターには,同社のDDプレーヤーで実績をもつブラシ&スロットレスモーターが搭載されて
いました。このモーターは,原理的にコギング(トルクムラ)がないので,極めて滑らかな回転が確保され
ていました。さらに,定速走行(FWD)用のキャプスタンモーターと早巻き(FF,REW)用のハイトルクモ
ーターを専用化させた2モーター構成により,複雑な伝達機構を排除したシンプルなメカニズムとなり,
信頼性の向上,回転ムラ,回転ロスの低減が実現されていました。
そして,同じく同社のDDプレーヤーですぐれた性能を示している回転数検出サーボ方式である高精度
マグネディスクサーボ方式が採用され,テープの巻き始めから終わりまで速度偏差は極めて少なく抑え
られ,可搬型のテープデッキで発生しやすい,回転系が外部の振動や揺れ(ローリング)によって受ける
影響の問題も解決していました。以上のような走行系メカニズムにより,可搬型テープデッキながら,ワ
ウ・フラッター0.04%(WRMS)というすぐれた性能が実現されていました。
また,テープの巻き始めから巻き終わりまで,常にテープの張力を適正に保つメカニカルテープテンショ
ンレギュレーターが搭載され,テープのヘッドタッチが安定に保たれ,巻き径や速度偏差,巻きムラの少
ない安定したテープ走行が確保されていました。
さらに,テープとヘッド,テープガイドとの接触,テープ自体の固有の伸び縮み,リール手テープの固有振
動などにより発生する変調ノイズを大幅に低減させるために,消去ヘッドと録再ヘッドの間に小さな高精
度ローラーを設け,テープ振動の節の長さを短くし,テープの振動周波数を可聴帯域外に追い上げるス
クレープフィルターが装備されていました。


EL-D8のDDモーターEL-D8のメカニズム

ヘッドは,2ヘッド構成で,録再ヘッドには,ソニー自慢のF&F(フェライト&フェライト)ヘッドが搭載さ
れていました。F&Fヘッドの名の通り,コア部だけでなく,ガード部にまでフェライトを使用したヘッドで,
長期にわたって摩耗せず,音質劣化を生じないとともに,すぐれた高域特性をもっていました。また,
F&Fヘッドは高精度な加工が行われ,ヘッドギャップがきれいに直線になっていました。このギャップ
の精度を厳密に保つためにギャップ融着材として高硬度無歪みガラスを開発し使用していました。こ
れにより温度や湿度の変化,径時変化に対してもほとんど影響を受けないヘッド特性となっていました。
可搬型デッキならではの振動や動きも考慮して,録再ヘッド,消去ヘッドとも,ダイキャスト製のベース
にガッチリと固定されていました。

EL-D8のヘッド

F&Fヘッドと再生ヘッドアンプの入力段が直結されたダイレクト・カップリング方式が採用され,コンデン
サーなど音質に影響を与える素子の介在を排してSN比,歪率等の特性を向上させていました。また,
再生ヘッドアンプには,独自に開発された低雑音トランジスタが採用され,入力の信号インピーダンス変
化によるノイズレベルの変動を抑えつつ,高利得を確保していました。

テープポジションは,TYPE-T(NORMAL),TYPE-U(FeCr),TYPE-V(CrO2) の3ポジションが備
えられ,テープのハーフに備えられた検出孔により,BIAS,EQが自動切換となっていました。
ノイズリダクションとして,ドルビーNR(Bタイプ)が搭載され,FM録音時の19kHzパイロット信号による
誤動作を防ぐMPXフィルターも装備されていました。ドルビーNRのON/OFFもテープセレクター同様に
自動切換となっていました。(エルカセットの規格には,NRのON/OFFの検出孔も備えられていました。)
レベルメーターは,−40dB〜+5dBの指示範囲を持つピークプログラムメーターが装備され,最大レベ
ルの表示をホールドできるピークホールドスイッチも装備されていました。

EL-D8は,デンスケで可搬型(ポータブル型)テープデッキのトップを走るソニーならではの,可搬型テー
プデッキらしい配慮がされた機能や操作系が各種搭載されていました。テープ走行の操作は操作レバー
に集約されており,押し込んで回すだけで録音に簡単に入れるダイレクトレコーディング方式が採用され,
生録時など,瞬時にタイミングよく録音スタートでき,録音と再生の誤操作も起こりにくくなっていました。
マイクジャックにプラグを挿入するだけで,入力セレクターの切換なしに,ライン入力が自動的にOFFにな
り,マイクからの録音にすぐに入れるようになっていました。
マイク入力には,過大な入力に対して,マイクアンプの入力レベルを20dB減衰(10分の1)させて歪みを
防止するためのマイクアッテネータースイッチが装備され,不意の大入力が入ったときに一定のレベル以
上の信号を自動的に抑える設定にできるリミッタースイッチが装備されていました。また,録音したテープ
のチェックに便利な400mWの出力のモニタースピーカーが内蔵されていました。
また,録音するときの状況に応じて,乾電池,充電式電池(別売BP-55,¥16,000),カーバッテリー
コード(別売DCC-130,¥4,000),付属ACアダプターAC-26の4種類から選べる4電源方式が採用
されていました。そして,乾電池使用時(乾電池8本,12V)には,DC-DCコーンバーターが搭載されてお
り,電圧を±24Vと4倍に昇圧し,アンプ部のリニアリティが十分にとれるようになっていました。さらに,ア
ンプ部への供給電圧の変動を抑えることのできるFETバッファ電源の搭載により,電源に起因する音質の
劣化を低減していました。

以上のように,EL-D8は,エルカセットデッキ中,唯一の可搬型(ポータブル型)デッキとして,すぐれた性
能と機能性が備えられていました。エルカセットは,オープンリール,コンパクトカセットの弱点を十分に研
究したその内容,性能はすぐれたものでしたが,テープ,デッキとも高価であることや,カセットテープにメ
タルテープが出現したことで,コンパクトカセットの上位規格としての意義が薄れたことなどから普及するに
は至りませんでした。しかし,カセットデッキではなかなか得られない安定感と余裕のある音質が実現され
ていました。


以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。



生録の行動範囲をより一層拡げる,
プロ級のポータブルエルカセットデッキ。


◎ブラシアンドスロットレスモーター
 によるダイレクトドライブ
◎バイアス,イコライザー自動切り
 換え式のテープセレクター
◎音の良さを支えます。DC-DC
 コンバーター,FETバッファ電源
◎アタックタイム1msecの
 ピークプログラムメーター
◎ダイキャスト製ヘッドベースに
 支えられたF&Fヘッド
◎信頼性,走行安定性を高める
 2モーター方式
◎マグネディスクサーボ方式で
 優れたワウ・フラッター特性
◎速度偏差を抑えるメカニカル
 テンションレギュレーター
◎変調ノイズを可聴帯域外に
 追い上げたスクレープフィルター
◎ノイズとひずみを大幅に軽減
 ダイレクト・カップリングアンプ
◎自動切り換え高精度ドルビーNR
◎FMエアチェックにも対処しま
 した。MPXフィルター
◎過大入力に対処。ひずみを防ぐ
 マイクアッテネータースイッチ
◎録音チャンスを逃さない
 ダイレクト・レコーディング方式
◎不意の大入力に効果を発揮,
 リミッタースイッチ
◎ソフトイジェクト方式
◎オートシャットオフメカニズム
◎モニタースピーカー内蔵
◎4電源方式
◎マイクジャック優先,
 ライン,マイク自動切り換え




●EL-D8の規格●

方式 エルカセットシステム
トラック形式 4トラック2チャンネル
テープスピード 9.5cm/sec
テープセレクター BIAS,録音EQ自動切り換え TYPE-T,TYPE-U,TYPE-V
バイアス周波数 160kHz
録音時間 往復90分(LC-90にて)
使用ヘッド 消去ヘッド,録再F&Fヘッド
使用モーター キャプスタン用ブラシアンドスロットレスモーター 1
リール用DCモーター 1
シャットオフ形式 オートシャットオフメカニズム
早送り,巻戻し時間 60秒(LC-60にて)
周波数特性 25〜22,000Hz(±3dB TYPE-U,DUADテープ)
SN比(315Hzピーク) 59dB(TYPE-T,SLHテープ)
62dB(TYPE-U,DUADテープ)
ワウ・フラッター 0.04%(WRMS)
ひずみ率 0.8%(TYPE-U,DUADテープ)
入力 マイクロホン/LOW-IMP/0.25mV(−70dB)
LINE-IN/100kΩ/0.0775V(−20dB)
出力 LINE-OUT/負荷10kΩ以上/0.435V(100kΩ負荷時)
HEADPHONES/負荷8Ω以上
最大出力
400mW
電源
乾電池,充電式電池,カーバッテリー,ACアダプター
消費電力 8.5W(AC-26使用時)
電池寿命
ソニースーパー乾電池 約5時間
アルカリ乾電池(AM-1) 約16時間
大きさ 332W×100H×298Dmm
重さ 5.8kg(乾電池含む)


※本ページに掲載したEL-D8の写真,仕様表等は1977年12月
 のSONYのカタログより抜粋したもので,ソニー株式会社に著作
 権があります。したがって,これらの写真等を無断で 転載・引用等
 することは法律で禁じられていますのでご注意ください。

   
 
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