TRIO KT-1010
QUARTZ SYNTHESIZER STEREO TUNER ¥59,800
1983年に,トリオ(現JVCケンウッド)が発売したFM/AMチューナー。通信機メーカーでもあったトリオは,FM
チューナーに高い技術を持っており,実際に高い評価を受けていました。そんなトリオも,1981年にはKT-7X,
KT-9Xを発売してシンセサイザーチューナーに参入していましたが,これは,システムステレオ「EXPERT」の中
のチューナーといった位置づけで,KT-9Xには,伝統のパルスカウント方式も搭載されていました。このようにシ
ンセサイザーチューナーの発売においてはむしろトリオは慎重で,後発となっていました。中級機以上のチューナー
には,バリコン搭載のアナログ式チューナーへのこだわりが見られ,L-02T,L-03T,KT-2200などの高級
機には最後までアナログ式を採用して高い性能を実現し,シンセサイザー方式を採用していませんでした。そうし
た中,1983年にシンセサイザー方式のチューナー・KT-1010を発売して,検波段に新たにDLLD方式を採用し
トリオ伝統のパルスカウント方式からの移行を始めるきっかけになりました。
フロントエンドは,5連バリキャップが搭載され,RF増幅部とMIX部に採用されたデュアルゲートMOS・FETととも
に大入力特性の象徴的な相互変調特性を大幅に改善し,FM波,テレビ電波などによる相互変調妨害の発生,
S/N比の劣化も抑えられていました。クォーツシンセサイザー部には,水晶発振によって作り出される基準周波数
を25kHzにアップした「パルススワロー・スタティックコントロール方式」を採用していました。基準周波数を再生帯
域外に追いやることで,基準周波数が信号ラインに残留してノイズになることを防ぎ,さらに局部発振信号の純度
を高め,クォーツシンセサイザーの安定した動作と,98dB(モノ)の高S/N比を実現してい ました。
IF段の検波回路には,新開発のDLLD(ダイレクト・リニアループ・ディテクター)を搭載していました。DLLDは,バラ
ンス型PLL検波回路の一種で,10.7MHzのIF信号をダイレクトにリニア化して閉ループ検波器で検波,さらに,閉
ループ内に,IFフィルターで発生する高調波歪みを低減する歪み補正回路を設けて高S/N比の検波を行おうという
ものでした。DCC(ディストーション・コレクティング・サーキット)は,この歪み補正回路のことを指していました。IF段
では,妨害波を除去するためには帯域の狭い急峻なIFフィルターを通す必要があります。しかし,それはオーディオ
的には歪みの原因となります。そこで,高選択度と音質の両立を図るために,急峻な特性のIFフィルターでまず妨害
波を取り除き,通過した信号から高調波歪み成分だけを抽出してキャンセルしようとする方式がDCCでした。
IF段には,WIDE/NARROWの帯域2段切換えが採用されていました。WIDEポジションは,セラミックフィルター2段
IF増幅1段という構成で,45dBの高選択度を確保しながら,0.006%(モノ1kHz),0.0095%(ステレオ1kHz)
という低歪率を実現していました。NARROWポジションは,セラミックフィルター4段,IF増幅2段という構成となり,
90dBという高選択度特性を確保し,すぐれた妨害排除能力を実現していました。
MPX回路は,パイロット信号キャンセラーも内蔵されたものが搭載されていました。
電源部は,オーディオ系とループフィルター系に6.97VA,PLL,表示系などのロジック系に7.2VAと2つの系統
にそれぞれ専用の電源トランスを使用した2電源法式が採用され,電源を介した干渉を排除していました。さらに,
信号ライン,電源ラインと整理されたパターン設計が行われ,各部の干渉を抑えていました。
選局は,プリセットメモリーがFM8局,AM8局の系16局が可能で,ワンタッチで呼び出せるようになっていました。
また,オートチューニングで25dBfまでの電波を自動受信できるようになっていました。
タイマーで留守録をする際には,プログラムボタンをONにしておくと,1回目に電源が入ったときは最後に選局して
いた局が受信され,2回目は,1CHにメモリーしていた局が受信されるようになっており,これにより2つの放送局を
留守録できるようになっていました。
AM部は,2連バリキャップが搭載され,IC化された受信回路が搭載されていました。AM部には復調帯域を広帯域
(WIDE)から狭帯域(NARROW)まで連続的に可変できるAM帯域可変回路が搭載され,プリエンファシスや受信
状態に合わせて調整できるようになっていました。
以上のように,KT-1010は中級機ながら,トリオが本格的にシンセサイザー方式のチューナーに取り組んだといえ
る初めてのチューナーではなかったかと思われます。トリオ自身,バリコン式チューナーからシンセサイザー方式の
チューナーへとこれ以降次第に主力を移していくことになりました。それだけに,従来のシンセサイザーチューナーを
越える音の良さを持っていたことも事実で,クリアな音はトリオらしさを感じさせるものでした。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
実効選択度45dB(WIDE),
ひずみ率0.006%(モノ1kHz)。
多局化時代に実力を問います,DLLD。
◎スーパーディテクション(SD)システムとして
さらに完成度を高めたDLLDシステム
◎ステレオひずみ率0.0095%(1kHz)
◎音質重視の2電源方式
◎大入力特性にすぐれたフロントエンド
◎留守録に便利なプログラム機構
◎FM・IF帯域2段切換
◎パルススワロー・スタティックコントロール式
シンセサイザー
◎FM8局,AM8局プリセット機構と
オートチューニング機構
◎AM帯域可変回路(特許申請中)
●SPECIFICATIONS●
●FM部●
受信周波数範囲 | 76MHz~90MHz |
アンテナインピーダンス | 75Ω不平衡 |
感度 | 10.8dBf(新IHF) 0.95μV(IHF) |
SN比50dB感度 | MONO :16.2dBf(新IHF) 1.8μV(IHF) STEREO:38.8dBf(新IHF) 24μV(IHF) |
高調波ひずみ率 | WIDE 100Hz 0.009%(MONO) 0.04%(STEREO) 1kHz 0.006%(MONO) 0.0095%(STEREO) 50Hz~10kHz 0.02%(MONO) 0.1%(STEREO) NARROW 100Hz 0.1%(MONO) 0.4%(STEREO) 1kHz 0.12%(MONO) 0.3%(STEREO) 50Hz~10kHz 0.15%(MONO) 0.6%(STEREO) |
SN比(100%変調85dBf入力) | 98dB(MONO) 88dB(STEREO) |
キャプチャーレシオ | 2.5dB(NARROW) |
実効選択度(IHF) | NARROW 90dB WIDE 45dB |
ステレオセパレーション | WIDE 1kHz 68dB 50Hz~10kHz 50dB 15kHz 40dB NARROW 1kHz 50dB 50Hz~10kHz 40dB 15kHz 36dB |
周波数特性 | 20Hz~15kHz ±0.5dB |
イメージ妨害比 84MHz | 95dB |
IF妨害比 84MHz | 110dB |
スプリアス妨害比 84MHz | 100dB |
AM抑圧比(65.2dBf) | 65dB |
サブキャリア抑圧比 | 70dB |
レックキャリブレーション | 440Hz 50%変調 |
出力レベルおよび出力インピーダンス | FM 1kHz 100%変調 固定出力:0.6V/1.7kΩ |
●AM部●
受信周波数範囲 | 522kHz~1611kHz |
感度 | 10μV・250μV/m |
高調波ひずみ率 (1000kHz) | WIDE :0.3% NARROW:0.8% |
イメージ妨害比(1000kHz) | 40dB |
IF妨害比(1000kHz) | 60dB |
選択度(IHF) | WIDE :30dB NARROW:50dB |
出力レベルおよび出力インピーダンス | 0.18V/1.7kΩ |
SN比(30%変調1mV入力) | 52dB |
●電源部その他●
電源電圧・電源周波数 | 100V 50Hz・60Hz |
定格消費電力(電気用品取締法に基づく表示) | 15W |
最大外形寸法 | 440(W)×64(H)×317(D)mm |
重量 | 3.8kg |
※本ページに掲載したKT-1010の写真,仕様表等は1984年8月の
KENWOODのカタログより抜粋したもので,JVCケンウッド株式会社
に著作権があります。したがって,これらの写真等を無断で転載・引用
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