YAMAHA MX-10000
NATURAL SOUND STEREO POWER AMPLIFIER
¥800,0001986年にヤマハが発売したパワーアンプ。フロントパネルの「Limited Centennial Edition」という
ロゴが示すように,楽器メーカーとして1887年に創業したヤマハが創業100年を迎える記念碑として
の限定生産モデルともいえるシリーズ「10000シリーズ」のパワーアンプとして発売されました。MX-10000の最大の特徴は,HC(ハイパーボリック・コンバージョン=双曲変換)回路でした。A級プ
ッシュプル回路でA級動作をずっと維持するために開発された回路でした。プッシュプル回路では,純A
級動作においても,基本的には直線の合成のため,どこかでカットオフし(図5),出力電流がアイドリン
グ電流の2倍を超すとPch,Nchどちらかがカットオフし,AB級に移行して歪みの発生に至るという弱
点がありました。HCは,ハイパーボリック・コンバージョン(双曲線変換)の略で,トランジスタのIc-VBE
特性がもつ対数特性を利用して全出力帯域でカットオフせず,しかも完全な合成特性を得るもので(図6)
アイドリング電流に依存せず,デュアルトランジスタ2個というシンプルな回路で全負荷,全出力で純A級
動作を可能にしていました。
HC回路によるA級動作は,入力信号が正負の双曲線特性にリアルタイムに高速変換され,HC回路が
普遍的な変換器としてのみ働く仕組みであるため,リニアリティ。トランジェントともにすぐれているというも
のでした。また,上記のようにアイドリング電流の多寡にかかわらず全出力でA級動作が保たれるため,
MX-10000では,出力素子として使用されたパワーMOS FETの熱的安定度及び電流供給能力に鑑
みて5Aのアイドリング電流を常時流し,A級定格出力300W+300W(6Ω),ダイナミックパワー1200W
+1200W(1Ω)という強大なパワーを実現していました。
MX-10000では,上記のように高速・大電流動作のパワーMOS FETを4パラ・プッシュプルで構成して
いました。また,A級アンプで問題になる多量の発熱を解消するために,片chにSEPPアンプを2基使用す
るデュアルアンプ・クラスA構成を採用していました。デュアルアンプ・クラスA方式は,電流増幅を行う出力
段に加えて,必要な電力を供給するパワーバッファアンプを搭載しているもので,アメリカのスレッショルド社
がノンNFBをめざして開発したSTASIS(ステイシス)に似た方式でした。このパワーバッファアンプにはPc
200WのHi-fTパワートランジスタが6パラレルプッシュプルで構成されていました。このデュアルアンプ・ク
ラスA方式はアースもグラウンド電位を決めるだけのものとなり,低負荷Aクラス動作を確保するHC回路とも
相まって,強力なスピーカードライブ能力を実現していました。また,スピーカー切り換えスイッチの介在によ
る音質劣化を避けるため,スピーカー出力は1系統のみとなっていました。そして,NFBループをスピーカー
出力端子まで高安定のまま拡張し,出力段・パワーバッファ両端子からの信号を直接フィードバックして歪
み補正を行うダイレクトエラーコレクションアンプを搭載して,限界的ともいえる低歪み特性を実現していまし
た。電流増幅を行う出力段の前段にあたる,電圧増幅をまかなうボルテージアンプは,初段にデュアルFET差
動入力2段にカレントミラー,終段にエミッタホロア・プッシュプルの全段A級動作回路を採用して,低歪率・
低インピーダンスの信号送り出しを実現していました。さらに,このボルテージアンプでは,フローティング電
源回路を組み込み入力信号の振幅に応じた電圧を,初段と2段に送り込む方式として,高速・高安定の電
圧増幅を実現していました。これらの結果,歪率0.0005%以下,スルーレート500V/μsという高特性を
確保していました。また,コンストラクションにおいても,入力端子の間近にボルテージアンプを配し,シール
ドカバーを設けるなどして,30dBのゲインを確保しながらも,132dBという高SN比を実現していました。
電源部は,相互干渉をなくすために,出力段とパワーバッファアンプへの各電力供給に,電流ループがそれ
ぞれ独立したICP(Independent Current-roop Power-supply)方式を採用していました。電源部は
トランスから独立させ,出力段用電源,パワーバッファ用+B電源,−B電源を,トランス巻線から電源回路
に至るまで独立させ,それぞれ独立したカレントループを形成し,安定した電源供給を実現していました。こ
の電源トランスには低リーケージフラックスのトロイダル型が採用され,出力段用,パワーバッファ用の2つの
トロイダルトランスを2段重ね構造とした,総重量15kgに及ぶ大型のダブルトロイダルトランスが搭載されて
いました。このトロイダルトランスは,シールドケース内部に充填材を詰めてトランス鳴きを抑え,1次側にトロ
イダル型のチョークを別に挿入したセミチョークインプット整流として整流特性を改善したものとなっていました。
平滑用のケミコンには,電流リップルが少なく温度安定性にすぐれた低倍率箔・高音質のオーディオ用アル
ミ電解コンデンサを採用し,出力段には100,000μF×2,バッファーアンプには22,000μF×4の総計
288,000μFの大容量設計となっていました。全体のコンストラクションも大型アンプとして強固なものとなっていました。左右対称のコンストラクションとし
て重量・強度バランスをとったうえで,シャーシ,フレームには,高剛性の非磁性アルミ押し出し材を全面的
に採用していました。フロントパネル12mm厚〜メインシャーシ/フレーム5mm厚〜リアパネル3mm厚と段
階的に厚みを変えた部材が用いられ,それぞれを強固にビス留めし,曲げ加工などの金属疲労を伴わない
押し出し材ならではの特性,各構造材の強度分布の連続性などにも留意された,音響的に高バランスの有
機構造体シャーシ/フレームとなっていました。
パワーステージに使用された素子,パワーMOS FET4パラ,Hi-fTトランジスタ6パラの計20個の放熱用
には,3ピース構成の大型ヒートシンカーで対応していました。テーパー状の放熱フィンは,ベースの厚みを
違え,フィン1枚1枚の長さを段階構造としたレゾナンス分散型として,ヒートシンカー固有の振動モードを分
散し,鳴きによる変調ノイズを抑えるようになっていました。さらに,実装面では,放熱フィンの当たる部分に
コルクスペーサーをかませ,高剛性シャーシにリジッドにマウントして構造体の一部とすることで不要共振の
発生を抑えていました。また,発熱の少ないデュアルアンプ・クラスA構成により,モーター駆動の放熱ファン
を要しない,自然空冷の静粛動作を実現していました。
パーツの面でも贅沢な構成となっていました。電力ライン及び出力系統には,通常の2スクェア配線材の1/5
の低インピーダンスを誇る6mm径の真鍮・金メッキシャフトが使用され,パワーステージアンプ基板,電源基板
間をヒートシンカーをストレートに貫通させてジョイントしていました。パワーステージアンプ基板には金メッキバ
スバー埋め込まれて,低インピーダンスの電力供給が実現していました。シャフト/バスバーによるリジッドな
電流供給系が成立していました。また,入力から出力まですべての電気的接合部にはネジ,ワッシャー類に
至るまで金メッキ処理が施されていました。
回路内コンデンサには,ポリプロピレンフィルムコンデンサ,及びマイカコンデンサが,抵抗には高精度な金属
皮膜抵抗,及び銅リードの無誘導巻抵抗が,出力コイルには,ホーローティップのOFCコイルが使用されてい
ました。パワーステージアンプ基板,プリドライブアンプ基板,電源回路基板には,すべてガラスエポキシ基板
が採用され,銅箔100μ厚・両面スルーホールとして,電気的特性,パーツ実装信頼度が高められていました。
入力端子には,金メッキ処理の真鍮削り出しピンジャックが搭載され,スピーカー出力端子には,極太ケーブル
にも対応した,金メッキ処理の大型スクリュータイプが搭載されていました。AC電源コードには,OFC線による
10mm径の極太ケーブルが使用されていました。その他,CX-10000のパワーON/OFFに連動してパワーアンプMX-10000のパワーON/OFFを可能に
する専用ケーブル接続端子も付いていました。この端子では,相互の干渉を防ぐために,パワーコントロール
信号の送り出しにフォトカプラを使用していました。また,この端子は送信用端子も備え,DSPシステムなど
多チャンネル動作システムなどにおけるMX-10000どうしのパワーON/OFFリレーも可能となっていました。以上のように,MX-10000は,ヤマハの記念モデルとして贅を尽くした内容を持った超弩級パワーアンプで
した。強力な電源部と高度な回路技術により,ヤマハらしく端正でしかも底力を秘めた音を持っていました。
ヤマハらしいチタンカラーの美しいデザインも印象的でした。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
実にダイナミックなパワー領域までも,
A級動作を保証する,
HC(ハイパーボリック・コンバージョン)回路搭載。
◎A級アンプは,どこまでA級か?パワーMOS FET4パラ+Hi-fパワートランジスタ6パラ構成。
インピーダンス変動に左右されない,
理想のA級動作へ ヤマハ。
◎デュアルTr2個のみで構成される
偉大なるシンプルさ
HC(双曲変換)回路。
◎全負荷,全パワーに対して,強度分布の連続性を重視した有機構造体シャーシ。
A級動作を保証。1Ω負荷時
ダイナミックパワー1200W×2。
◎パワーMOS FET,
Hi-fTトランジスタ採用の,
デュアルアンプ・クラスA構成。
◎ハイスルーレート500V/μs。
S/N比132dBのローノイズ設計。
ボルテージアンプ。
◎電源系の相互干渉を防止する,
ICP(インディペンデント・カレントループ・パワーサプライ)。
◎出力コイル,リレー回路の
微少ノンリニアもキャンセルする
ダイレクトエラーコレクションアンプ。
◎強度分布の連続性を重視した
非磁性アルミ押し出し・高剛性シャーシ/フレーム。
◎放熱フィンの鳴きを抑えた,
3ピース構成・階調構造レゾナンス分散型ヒートシンカー。
◎特性変移の可能性をも否定した,
強靱なシャフト/バスバー伝送。
電気的接合部のオール金メッキ処理。
◎総重量15kgのダブルトロイダルトランスと
総計288,000μFの大容量ケミコン。
◎入力から出力に至るまで,
使用パーツを厳選。
高品位設計を貫きました。
●過電流・DC成分検出プロテクション
●プロテクション連動スピーカースイッチ
●高精度・大型ピークレベルメーター
●オーディオ用クオリティパーツ
●両面スルーホール・ガラスエポキシ基板
●真鍮削り出し・金メッキピンジャック
●金メッキ大型スピーカーターミナル
●極性表示付・極太OFC電源コード
●フォトカプラ採用パワーリモート端子
定格出力(20Hz〜20kHz) | 8Ω負荷時:250W+250W(0.001%THD)
6Ω負荷時:300W+300W(0.001%THD) 4Ω負荷時:400W+400W(0.002%THD) |
ダイナミックパワー(1kHz) | 8Ω負荷時:350W+350W
6Ω負荷時:450W+450W 4Ω負荷時:600W+600W 2Ω負荷時:900W+900W 1Ω負荷時:1200W+1200W |
ダンピングファクタ | 1000(1kHz,6Ω) |
入力感度/インピーダンス | 1.5V/25kΩ |
周波数特性 | 2Hz〜300,000Hz+0,−2dB |
全高調波歪率 | 0.0005%(20Hz〜20kHz,150W/cH,6Ω) |
S/N比 | 132dB(IHF-A補正) |
残留ノイズ | 10μV(IHF-A補正) |
チャンネルセパレーション | 90dB(20Hz〜20kHz) |
電源電圧・消費電力 | AC100V 50/60Hz・600W |
外形寸法 | 475W×220H×543Dmm |
重量 | 43kg |
★メニューにもどる
現在もご使用中の方,また,かつて使っていた方。あるいは,思い出や印象のある方
そのほか,ご意見ご感想などをお寄せください。