Nakamichi 630
FM TUNER PREAMPLIFIER ¥148,000
1977年に,ナカミチが発売したFMチューナー・プリアンプ。ナカミチは,テープデッキで有名なブランドですが,
このころ,カセットデッキナカミチ600を核として,コントロールアンプ610,パワーアンプ620を発売し,スラン
トデザインが共通した,システム化されたオーディオ機器群を「600シリーズ」として展開し,デジタルタイマー
付きの専用ラックSYSTEM-ONE(¥48,500)も発売するなど,デッキ専業メーカーからの飛躍を図ろうとし
ていました。そして,「600シリーズ」の一環として最後に発売されたFMチューナー・プリアンプが630でした。
FMチューナー・プリアンプの名の通り,630は,FMチューナーとプリアンプを一体化した作りになっていました。
通常プリメインアンプとチューナーを一体化したものがレシーバーと呼ばれ,多く見られますが,630は,FMチュー
ナーとプリアンプを1つの筐体に収めたともいえる形になっており,他に見られない筐体の形も含め,個性的なコ
ンポーネントとなっていました。そして,それぞれに性能的な妥協を抑えた,本格的な内容を持つ2つの機器の
組み合わせになっていました。そのため,搭載されたFMチューナーは,プリアンプのファンクション切換を通して
プリアンプからの出力として使用できるだけでなく,チューナーのみの出力も装備され,単体チューナーとしても
使えるようになっていました。
FMチューナー部は,FM専用のバリコン式チューナーで,小型の筐体の中にプリアンプと共存していながら,しっ
かりとした本格的なチューナーとして設計されていました。
フロントエンドは,FM専用として開発された周波数直線型5連バリコンが搭載され,多段同調によって選択度特
性向上させるとともに,トリプルチューン構成として,利得偏差の発生を抑えていました。RF増幅には,ローノイズ
デュアルゲイトMOS FETが使用され,歪みが少なく,高次高調波の発生が抑えられ,混変調妨害,相互変調妨
害などの排除能力も高められていました。また,低雑音素子の使用により,実用感度も高められていました。
IF部は,2段切換で,選択度重視と歪率重視を選べる構成となっていました。ノーマルポジションでは,LCフィ
ルター12素子構成で,6素子をワンパック化することで,歪率低下を実効的にフィルター2段分に抑え,40dB
の選択度と0.08%の低歪率が実現されていました。ナローバンドでは,スプリアス特性のすぐれた4素子の
セラミックフィルターを,ワンウェハー1素子とし,LCリニアフェイズフィルター2段と組み合わせて3段構成となっ
ており,80dBの選択度が実現されていました。このようなIF部は,熱特性,素子の特性差,外乱に対する影響
を多素子ワンパック化することで,相互キャンセルさせるIC的発想に基づいたもので,各特性を高めていました。
フロントエンドのシャーシ内部においてもプリント基板を用いず,配線が手作業による空中配線となっていました。
フロントエンドのパーツを金属板に最短距離でグランドすることにより,局部発振周波数の漏洩をはじめ種々の
干渉の原因を防止していました。また,金属板はプリント基板に比べて温度係数が数倍レベルで良いことから,
各種のドリフトも抑えられていました。そして,このフロントエンドやRF段,IF段はそれぞれ厚さ1mmの錫メッキ
鉄板で完全にシールドされ,クリップによるビート障害などによるスプリアスの発生も抑えられていました。
MPX部は,PLL(フェイズ・ロック・ループ)回路が採用されていました。FM放送波を19kHzのパイロット信号に
同期させ,Lチャンネル分とRチャンネル分に分割させるためには,正確な同期が必要になります。PLL回路によ
り,熱,湿度などの影響によるMPX信号の位相ズレを検出して補正することで,常に安定したセパレーションが
確保されていました。また,不要となった19kHzのパイロット信号をカットするMPXフィルターは,18kHzから急
激に減衰する独特の減衰カーブを持たせることで,従来のMPXフィルターのように,15kHz付近の可聴帯域成
分までカットすることを防いでいました。この結果,19kHz時で減衰量は−70dB,歪は0.03%以下というすぐ
れた特性が確保されていました。
選局も通常のチューナーに比べると,個性的な形になっていました。チューニングツマミの周囲に円形スケールの
ある独特の周波数表示になっており,円形スケールの上部にあるインジケーターは,信号強度を示すシグナルメー
ターの働きをするLED1個のシグナルインジケーターと,同調ズレを示すチューニングメーターの働きをするLED3
個のチューニングインジケーターで表示するシンプルなものとなっていました。チューニングインジケーターは,左の
LEDが点灯すれば同調点は右にズレており,右のLEDが点灯すれば左にずれていることを指示し,中心のLEDが
点灯すれば正確な同調点にあることを示すようになっていました。さらに,このLEDは,電波の入力レベルのイン
ジケーターも兼ねており,約30dBf(17μV300Ω)で点灯するようになっていました。また,シグナルインジケー
ターは,電波の入力レベルの強弱を示すもので,約33dBf(25μV300Ω)で動作し,これはS/Nと歪率が保障
されるレベルとなっていました。この同調操作時には,選択度25kHzというシャープなレンジで点灯レベルを狭め
いったん同調すると50kHz幅にレンジを広げて,わずかな同調ドリフトを吸収するようになっていました。そして,
選局時の局間ノイズをカットするミューティング機構も装備され,ミューティングは,チューニングインジケーターロジ
ックと連動されていて,中心のLEDが点灯したときに自動的に解除されるようになっていました。
その他,変わった機能としてドルビーFM回路が搭載されていました。これは,ドルビーエンコードされた放送をド
ルビーデコードして聴くことで,ノイズを低減するドルビーFM放送(1970年代にアメリカでは放送された記録があ
ります。日本で試験的に放送されたかどうかは不明です。)に対応したもので,オンキョー,マランツなど他社の当
時のチューナーにもいくつか搭載の例がありました。
プリアンプ部は,コントロールプリアンプ610の回路と性能をほとんどそのまま継承したものとなっていました。SN比
への影響が最も大きい初段回路には,「トリプルトランジスターサーキット」という独自の回路が採用されていました。
この回路は,トランジスターのベース入力抵抗が発生する熱雑音を低く抑えるためのものでした。実際のイコライザー
アンプの回路では,信号源インピーダンス(カートリッジの入力インピーダンス)が直列にベース入力抵抗に加算さ
れ,信号源インピーダンスの値がベース入力抵抗より大きい場合(例えばMMカートリッジなど)では,信号源イン
ピーダンスによって生まれる熱雑音の方が大きいため,熱雑音はあまり問題になりませんが,MC型カートリッジな
ど信号源インピーダンスが非常に小さい場合には,ベース入力抵抗がSN比に及ぼす影響が大きくなるため,「ト
リプルトランジスターサーキット」の効果が大きくなります。この「トリプルトランジスターサーキット」により,ベース入
力抵抗は3分の1となり,熱雑音も√3分の1に低減されていました。あわせて,電流性雑音の少ないトランジスター
を採用し,SN比は約10dB改善されていました。
                                                                                                初初段,2段目ともにエミッタ接地増幅が採用され,出力段は,コンプリメンタリーA級プッシュプル回路となっていました。
通常,プリアンプには,NF回路を構成しやすい差動アンプが多く採用されていますが,630では,差動トランジスター
の内部抵抗による小音量時の非直線性歪の発生や,ノイズの上積み等の問題を避けるため,バッファーアンプが採
用されていました。これは,小音量時,小出力時の特性がアンプの実使用時の音質に影響が大きいと考えた設計で
した。差動アンプでは,NFループ外の差動用トランジスターが内部抵抗を持ち,小音量時にこの内部抵抗がNFルー
プ内の抵抗に比べて大きな値となると非直線性歪が発生するという問題点がありました。そのため,差動アンプすな
わち差動用トランジスターを排し,その内部抵抗もゼロとすることで,レベルの変化による再生音への影響を排除して
いました。

パーツやレイアウトなども,コンパクトにまとめられた筐体ながら,プリアンプとしての特性を重視して,しっかりと配慮
がなされていました。要所要所に,トランジスターよりも高価な金属皮膜抵抗,高精度コンデンサーが多用され,プリン
ト基板は,すべてエポキシ系プラスチックとするなど,目立たないところもしっかりとコストがかけられていました。また,
パーツレイアウトも,カセットデッキのアンプ設計などで積み重ねてきた経験を生かし,フラックスの影響を極めて低く
抑えていました。以上のような,回路,パーツ,レイアウトなどあいまって,歪率0.003%,入力換算雑音−140dBと
いうすぐれた特性が実現されていました。
プリアンプ部の機能は,シンプルというよりも,比較的オーソドックスな構成になっていました。入力は,PHONO,AUX
各1系統で,TAPE入出力は2系統装備され,1→2,2→1の相互ダビングもできるようになっていました。PHONO入
力は,インピーダンスは100kΩで一定ながら,リアパネルに1mV,2mV,5mVの3段階の入力感度切換が装備さ
れ,MC型カートリッジのダイレクト接続も可能となっていました。トーンコントロールはBASS,TREBLE独立形が装備
され,小音量時の聴感補正のためのラウドネスは,周波数バランスの補償量が可変できるタイプのコンテュアーボリュー
ムが装備されていました。
以上のように,Nakamichi630は,プリアンプ+FMチューナーという,独特な構成の1台で,スラントパネルの比較的コ
ンパクトな筐体に,単体としても高い性能の両機器を収めた個性派のコンポーネントでした。録音機ですぐれた機器を出
していたナカミチらしく,色づけの少ないきめ細かな音が特徴で,プリアンプとしてもチューナーとしても,すぐれて基本性能
を実現していました。


以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。



チューナーとして,
プリアンプとして
ふたつの尖鋭な主張を持った
ひとつのコンポーネント。

歪率0.08% 選択度40dB(ノーマル)
選択度80dB(ナロー)
新しい数値を持って生まれたFMチューナー部

◎群遅延特性が極めて優れた
 リニアフェイズフィルター採用。
◎各種妨害の徹底した排除が
 いい音に結びつきました。
 FM専用5連バリコン・ローノイズ
 デュアルゲイトMOS FET採用の
 フロントエンド。
◎歪率0.08%(選択度40dB)のノーマル
 選択度80dBのナロー
 2段切換えのIF部。
◎ドリフトを補正するより
 ドリフトの要因を断つ
 Nakamichiの考え方です。
◎デジタルチューニング方式により
 正確な同調。
◎フェイズロックループ(PLL)
 回路採用のMPX部で
 安定したステレオセパレーション。
◎将来に備えた配慮
 ドルビーFM回路採用。
◎局間ノイズをワンタッチで取り除く
 ミューティング機構。
◎周波数特性の損失が少ない
 独特なMPXフィルター。

プリアンプ部は
入力換算雑音−140dB,歪率0.003%
いま,最もきれいなゲインのひとつです。

◎2系統のテープモニターと
 ダビングスイッチを装備。
◎高出力ヘッドホンアンプ。
◎入力換算雑音とは?
◎「トリプルトランジスタサーキット」
 この耳なれない回路が
 SN比向上のキメ手となりました。
◎あえて差動アンプの採用をやめ,
 イニシャルリニアリティを
 向上させました。
◎金属皮膜抵抗をはじめぜいたくな
 パーツの投入が
 特性に配慮しています。
◎フォノ入力感度切換スイッチ。
◎コンテュアーボリューム。





●Nakamichi 630規格●


電源電圧 100V 50/60Hz
消費電力 20VA




■プリアンプ部■

入力感度/インピーダンス
フォノ:1mV,2mV,5mVスイッチ切換/100kΩ
aux:100mV/50kΩ
テープモニター1,2:100mV/50kΩ
最大入力レベル
フォノ:250mV(1kHz,感度切換スイッチ5mVのとき)
出力レベル/出力インピーダンス/負荷インピーダンス プリアンプアウト:1V/500Ω/10kΩ
recアウト:200mV/1kΩ/50kΩ以上
ヘッドホン:40mW/4.5Ω/8Ω
最大出力
プリアンプアウト:5V/50kΩ
recアウト:4V/50kΩ
ヘッドホン:300mW/8Ω
周波数特性
フォノ(RIAA偏差):30〜15,000Hz±0.3dB
aux:20〜50,000Hz+0dB,−1.5dB
テープモニター1,2:20〜50,000Hz+0dB,−1.5dB
S/N比(IHF-Aネットワーク)
 (基準レベル)/入力換算比
フォノ:80dB以上/−140dB(感度切換スイッチ1mVのとき)
aux,テープモニター:100dB以上/−120dB
残留ノイズレベル(IHF-Aネットワーク)
プリアンプアウト:4μV以下(ボリュームコントロール最少)
ヘッドホン:8μV以下(8Ω)
歪率(ボリュームコントロール最大,アウトプット2V) フォノ:0.003%以下(10kHz以下)
aux,テープモニター:0.004%以下(10kHz以下)
トーンコントロール bass:20Hz+9dB〜−9dB
treble:20kHz+9dB〜−9dB
コンテュアー(ボリューム”8”) 3kHz  −30dB
20Hz  −15dB
20kHz −24dB




■チューナー部■

受信周波数 76MHz〜90MHz
実用感度 2.5μV(13dBf)300Ω
歪率(1kHz以下,100%変調時) ノーマル モノラル:0.05%以下
      ステレオ:0.08%以下
ナロー  モノラル:0.15%以下
      ステレオ:0.5%以下
S/N比(IHF) ドルビーNRシステムアウト
 モノラル:75dB以上
 ステレオ:70dB以上
ドルビーNRシステムイン
 モノラル:80dB以上
 ステレオ:75dB以上
周波数特性 30〜15,000Hz+0.3dB,−1.5dB
実効選択度(IHF) ノーマル:40dB以上
ナロー :80dB以上
ステレオセパレーション ノーマル 1kHz:50dB以上
      10kHz:35dB以上
ナロー  1kHz:30dB以上
      10kHz:30dB以上
キャプチャーレシオ(IHF) 1dB(ノーマル)
イメージ妨害比 100dB以上(82MHz)
IF妨害比 100dB以上
スプリアス妨害比 100dB以上
SCAサプレッション 75dB
AMサプレッション 60dB
MPXフィルター 19kHz −70dB
アンテナ端子 300Ωバランス
75Ωアンバランス
チューナーアウト 290mV(50%変調時)
寸法 400W×170H×237Dmm
重量 約7kg
※本ページに掲載したNakamichi630の写真,仕様表等は1977年
 8月のNakamichiのカタログより抜粋したもので,ナカミチ株式会社
 に著作権があります。したがってこれらの写真等を無断で転載,引用
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