PIONEER PD-T07
COMPACT DISC PLAYER ¥150,000
1990年に,パイオニアが発売したCDプレーヤー。パイオニアは,映像分野でレーザーディスクを開発し,同規格の
リーダーとして,光ディスクプレーヤーの分野ですぐれた技術を持っていました。CDにおいてもその技術を生かした
すぐれたCDプレーヤーを出していました。そうした中,世界初の「CDターンテーブルメカニズム」を搭載したCDプレー
ヤーとして発売されたのがPD-T07でした。
PD-T07の最大の特徴は,上述の「CDターンテーブルメカニズム」の搭載でした。それまでの通常のCDプレーヤー
ではディスク中心部にある直径32mmの部分のみがクランプエリアと定められているため,中心部だけをクランプして
毎分500〜700回転という高速でディスクを回転させていました。そのため,ディスクが微細な振動を発生させながら
回転していることとなり,こういったディスクの不要振動がサーボ電流を揺さぶるなど音質に悪影響を与えることとなっ
ていました。そのため,大型のディスククランパーやディスクスタビライザーを搭載したり,ティアックのVRDSメカニズ
ムのように上面にある大型のディスククランパーに押しつけるなど,様々な工夫がなされていました。「CDターンテー
ブルメカニズム」は,これらの発展形ともいえる方式で,逆転の発想で,ディスクを上部からクランプするのではなく,
ピックアップとスピンドルモーターをディスク上部に移し,ディスクを下からターンテーブルで全面保持する形になってい
ました。このため,ターンテーブル上には,通常とは逆に,ディスクの再生面であるピット面を上向きにして載せ,ディ
スクはターンテーブルと一体となって回転し,ディスク上部のピックアップがピットの読み取りを行う方式となっていまし
た。ターンテーブルの慣性モーメントは約3倍となり,トルクリップルやコギング,外部からの振動や音圧の影響,ソリ
のあるディスクなどに対しても有利にはたらき,起動トルク65g・cmという大トルク(通常のものの4倍以上!),直径
4.5mmという極太スピンドルシャフトの大型ブラシレスホールモーターを採用したスピンドルモーターともあいまって
負荷変動に強く,安定性の高いドライブ能力が得られるようになっていました。また,ターンテーブルがディスクを全面
保持することで,ディスクが垂れ下がることなく,振動や面ぶれによるジッターの発生が約15%改善されるということ
でした。
ピックアップ部には,レーザー効率を向上した自社開発の「クリーンレーザーピックアップ」を搭載していました。コリ
メータレンズなどの光学部品を削減することにより,従来のピックアップに比べ光学系のパワーロスを大幅に減少さ
せるとともに光路内の収差を低減させたもので,クリーンで歪みのない信号のピックアップを可能としていました。ま
た,I/V変換ヘッドアンプ内蔵フォトディテクタを採用し,ピット面から跳ね返ってきたレーザービームがフォトディテク
タで変換された数マイクロアンペアの電気信号を200mVオーダーに増幅し,外乱ノイズの影響を受けにくいシステ
ムとしていました。ピックアップボディには高精度なエンジニアリングプラスチックボディが採用されていました。この
ピックアップボディは,約1000の要素に分割し,強度解析を行って,精密な形状を実現するとともに,高剛性,高内
部損失により無共振化が図られていました。
ピックアップ駆動には,応答性にすぐれ,振動発生の少ない「サイレントリニアモーターサーボメカ」が採用され,静か
で正確かつ素早いアクセスを実現していました。
また,ピックアップ部には,高級LDプレーヤーLD-S1で開発された「アキュフォーカスシステム」を採用し,読み取り
エラーを大幅に低減していました。これは,レーザーの光信号を電気信号に変換し演算処理するRF回路を改善する
技術で,フォカースサーボのために4分割されたフォトディテクタの構造上レーザー光がピットの進行方向に沿ってフォ
トディテクタを横切るように動く際発生する,先行の信号と後行の信号の間の時間的ズれによる高域の位相ズレを改
善するために,先行の信号を遅延させ,後行の信号と位相を合わせるシステムでした。これにより,読み取りエラーの
少ない高出力のRF信号が得られるようになっていました。
光学メカニズムを支えるメカベースには「ラミサートメカベース」が採用されていました。これは,鋼板を2枚重ね合わ
せて,特殊樹脂でモールディングしたもので,さらにピックアップ側の鋼板を銅メッキすることにより,振動減衰特性の
向上と,磁気歪の影響の排除がなされていました。また,このメカベースは, 特殊ゴムとスプリングを同軸状に一体化
したコアキシャルサスペンションを介して固定され,シャーシからの振動を遮断するようになっていました。
シャーシは,新開発の多層構造ハニカムシャーシが採用されていました。このシャーシは,内部損失が大きく,防振効
果や強度にすぐれたBMC(Bulk Molding Compound)によるハニカムシャーシをベースに,電磁シールドにすぐ
れた鋼板,クッション材を重ね合わせて,すぐれた防振効果が実現されていました。さらに,銅メッキ処理を施して磁気
歪みの低減と防振性が高められていました。また,外部からの振動を吸収するために,シャーシの中央部に位置する
第5のインシュレータを装備して,制振性と重量バランスをとることで,より確実にセンターマウントメカニズムを支える
構造としていました。そして,トップボンネットはアルミ押し出し材に制振性にすぐれたクッション材を貼り合わせたもの
が採用され,さらに無共振化が図られていました。
D/Aコンバーター部には「8fsデジタルフィルター&Newビットストリーム1ビットDAC」が搭載されていました。Newビッ
トストリーム1ビットDACは,アナログ信号の波形をパルスの粗密波に変換するPDM(Pulse Density Modulation)
方式で,ビット圧縮に伴う再量子化ノイズを低減するノイズシェイピングも行われるようになっていました。ノイズシェイピ
ングを行うと,全帯域に分布していた量子化ノイズが高域に追いやられ,可聴帯域内の量子化ノイズは低減されること
になりますが,可聴帯域外にはノイズが存在することになるため,PD-T07では,前段で192fsという高いオーバーサン
プリングを行い,さらに3次のノイズシェイパーに送り,ノイズシェイパーによる帯域外ノイズの影響を抑えるようになって
いました。また,ジッター(時間軸の揺れ)の影響を低く抑えるために,マスタークロックを16.93MHzという低いクロッ
ク周波数で動作させていました。
内部構造においては,信号の伝送ロスをできるだけ少なくし,他からの影響を受けにくくするための「ダイレクトコンスト
ラクション」がとられていました。ピックアップからラインアウトまで,信号の流れに沿ってシンプルかつストレートに内部
のレイアウトが行われ,デジタル/サーボとアナログ回路のプリント基板は分離独立されていました。さらに,デジタル系
からアナログ系へのノイズの飛びつき等に有効なシールド効果が得られるシールデッドPCB(両面基板)をデジタル系,
アナログ系を問わず全面的に採用していました。また,アナログ基板も入力から出力までの最短化が図られ,同時に
L・R独立の対称構成がとられていました。
オーディオ回路には,A級動作FETバッファーアンプが採用されていました。A級動作により動作時の電力消費量の
変動が低減され,他の回路への影響を抑えることができ,低歪率化を実現していました。また,出力インピーダンス
を低下させることで接続されるアンプの負荷などの影響も低く抑えていました。
電源部は,デジタル/サーボ回路用とアナログ回路用に独立したトランスを搭載したツインパワートランスを採用して
ゆとりある電源供給を確保するとともに,相互干渉を抑えていました。オーディオ回路用トランスには,バイファイラ巻
きが採用され,出力インピーダンスの平衡度を高め,+側,−側の電源の供給を同一条件に近くすることで,音質の
向上が図られていました。サーボ/デジタル,サーボドライブ,オーディオの+側,−側の4パートを独立整流として相
互干渉を排除していました。オーディオ電源には,ディスクリート構成プッシュプル電源を採用し,広帯域にわたって
低インピーダンスを実現し,負荷変動に強い電源としていました。加えて,サーボドライブ電源はターンテーフル用と
その他のドライブ用に独立分離させて安定化を図り,モーターやアクチュエーターの動作による影響を排除していま
した。このように,電源部は各部の相互干渉を徹底的に抑え,合計4パート14レギュレーターという構成がとられて
いました。電源コードは,電源プラグの部分からサーボ系,アナログ系専用に芯線を分けた極性表示付き極太4芯
コードが搭載されていました。電源コードの芯線素材にはOFC(高純度無酸素銅)が使用されていました。
電源部のみでなく,各部のパーツも音質重視で厳選されていました。コンデンサー,抵抗なども音質に配慮したもの
が使用され,回路基板は,基板及びパーツからの高周波の他への影響を抑えるため,シールド化が図られていまし
た。全面シールデッドサーボ基板,オーディオ回路にガラスエポキシ両面基板が採用され,コンデンサーや配線材に
独自の処理を施すことでノイズ対策が徹底されていました。
出力として,アナログ出力には,通常のRCAによる出力以外にバランス出力が装備され,デジタル出力は光/同軸
の2系統が装備されていました。また,音質に配慮して,デジタル/アナログ出力には切換スイッチが備えられていま
した。
操作をコントロールするマイコンには,キーを押した時だけマイコンが動作するクリーンマイコンを搭載して微弱なス
キャンニングノイズを解消していました。また,点灯時のノイズ発生を抑えるため,ディスプレイOFFスイッチも装備さ
れていました。
以上のように,PD-T07は,世界初のターンテーブル方式CDプレーヤーとして,高い完成度をもっていました。アナ
ログプレーヤーにも通じるそのターンテーブル方式は,メカニズムの安定性にすぐれ,オーディオ機器としてスマート
な形を実現していたと思います。音場の拡がりが豊かな華やかな音も魅力的な1台でした。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
PIONEER PD-T07HS Limited
COMPACT DISC PLAYER ¥220,000
1997年に,PD-T07SはPD-T07HS Limitedにモデルチェンジされました。Limitedの名を冠していたと
おり,2700台限定生産で企画されたPD-T07系列の最終型モデルでした。PD-T07HSLimitedでは,D/A
コンバーター部を中心とした改良が加えられていました。
新しく搭載されたのが「Hi-bit」技術でした。CDからの16ビットデータを24ビットに再量子化し,最大120dB
までダイナミックレンジを拡大し,量子化歪みを低減するとともに,なめらかな波形再現を実現していました。
これに「レガート・リンク・コンバージョンS」を組み合わせ,「Hi-bit・レガート・リンク・コンバージョンS」と称して
いました。
この「Hi-bit・レガート・リンク・コンバージョンS」によって再現された24ビット高精度データを生かすためのD/A
コンバーターとして新たに「ワイドレンジDAC」を新開発して搭載していました。これは,特性の揃った2つのマル
チビットDACを1チップ化し,ゼロクロス歪みとグリッジノイズを追放し,広帯域化,広ダイナミックレンジ化に対
応したものでした。
その他,パーツ等の面での強化が行われ,回路基板には,磁性体をコーティングした新開発マグネティック・バ
リア基板を採用し,デジタルノイズの発生と伝播を抑制するとともに,デジタル/サーボ基板とオーディオ基板を
独立分離して,筐体内部でのノイズの発生と伝播も抑制していました。
電源系では,整流コンデンサーに特別仕様の高音質部品「グレートサプライ」を使用し,また,アナログ出力に
は独自開発のディスクリート・ローインピーダンス電源回路を採用し,電源伝送路でのインピーダンスの増加や
外来ノイズを防止していました。
以上のように,PD-T07HS Limitedは,PD-T07シリーズの最終型として,高い完成度を実現していました。
繊細さも持ちながら安定感のある音は,バランスのとれたもので,音楽を安心して聴かせるものがありました。