DENON PRA-S1
STEREO PRE-AMPLIFIER ¥1,500,000
1994年に,デンオンが発売したプリアンプ。デンオンは,1992年より「S1=Sensiteive One
(感性に訴えかけるもの)」という名称を持つ「S1シリーズ」を展開していきました。デンオンの歴史
の中でも最高級機の並ぶシリーズで,当時,コストの制約を外して,音質を追求し物量を投入した
製品群でした。そうした「S1シリーズ」のパワーアンプとして前年の1993年に超弩級のモノラル機
POA-S1が発売され,そのペアともいえるプリアンプとして発売されたPRA-S1も,超弩級といえ
る1台でした。

PRA-S1の最大の特徴は,プリアンプとして完全なバランスアンプをめざして設計されていることで
した。ペアを想定されているPOA-S1もバランスアンプとして特性を発揮できる設計であり,組み合
わせた際に理想的なバランス伝送ができ,バランスアンプとして動作できるように設計されていまし
た。しかし,当時バランスアンプを標榜するアンプは各社から出ていました。その中でも,より理想的
なバランスアンプをめざした設計が行われていました。バランスアンプのバランス端子はホット,コー
ルド,グラウンドの3つの端子があり,本来のバランスアンプの意味から考えると,グラウンドには音
楽信号は流れないのが理想となります。しかし,通常多くのバランスアンプは,グラウンドをホット側
アンプ,コールド側アンプ双方のアースとして使用しているため,グラウンドにも信号が流れているこ
とになります。そのため,本来のバランスアンプ,バランス伝送のメリットであるノイズの除去能力・・・
CMRR(Common Mode Noise Rejection Ratio=同相雑音除去比)が若干低下してしまい
ます。PRA-S1では,グラウンドは単なるフレームグラウンドでしかなく,そこには音楽信号は全く流
れない構成になっていました。こうした構成にするためには,トランスを使用すると比較的容易ですが,
電子回路で実現するのはきわめて困難でした。トランスを使わずに電子回路で完全なバランス構成
をとる場合,ホット側アンプとコールド側アンプの特性が完全にそろっている必要があります。プリア
ンプの場合,音量調整のためのアッテネーターが必要で,完全バランスアンプの場合,ホット側とコー
ルド側の信号をひとつのアッテネーターで音量調整しますが,両方のアンプに誤差があると,それが
そのまま歪みとなってしまいます。バランスアンプの多くがグラウンドとアースを共用するのは,この
誤差の問題があるためだったといわれています。また,バランスアンプでは,アッテネーターがホット
用/コールド用と,チャンネルあたり2つ挿入することになり,ここでの連動誤差も問題になってきます。
これらの問題を乗り越えて,完全なバランス構成を実現した世界初のプリアンプといわれているのが
PRA-S1でした。



信号増幅部のコントロールユニットの回路構成は,ニューインバーテッドΣバランス回路というデン
オン自慢のバランス方式で,入力は,バランスとアンバランスを使用でき,変換アンプや変換トラン
スを必要としないシンプルなバランスダイレクト設計となっていました。
ボリューム(アッテネーター)は,バランスアンプで歪みとなってしまうホット側とコールド側の連動誤
差を皆無にする目的で,ホット側のアンプとコールド側のアンプの入力を1個の抵抗体で切り換えて,
それぞれ入力に直列に入った抵抗と組み合わせるという,バランスタイプ・レオスタットモード・アッテ
ネーターと名付けた構成が新たに採用されていました。この方式により,ホットとコールド間の入力
部で音量調整を1個の抵抗体を切り換えて行うため,誤差の発生がゼロとなっていました。また,切
り換え部分の接点が1箇所のみとなり,音質劣化の要因も少なく,純度の高い信号伝送が可能と
なっていました。アッテネーターに続くバランスアンプは,出力に,デンオンバランスタイプ高CMRR
アンプで,補正アンプが設けられており,ホット・コールド間の伝送誤差を70dB以上改善するように
なっていました。この結果,CMRR,つまりグラウンドレベルでのノイズ低減を70dB以上確保でき,
信号は補正アンプを通らずに出力されるよう
になっていました。また,ホット,コールドの各出力はアンバランス出力としても利用可能で,ノーマル
と位相を反転したインバーテッドの出力端子が各1系統備えられていました。
こうした構成により,音量を下げるに従いS/N比がリニアに良くなるという特性が生じ,通常のリス
ニングレベルでは,カタログスペックよりもさらにノイズが少なくなるという結果をもたらしていました。



PRA-S1のもう一つの大きな特徴として,筐体構造が信号増幅部のコントロールユニットと電源部
のパワーサプライユニットに二分割され,それぞれ同じサイズの筐体に収納するという構成になっ
ていることがありました。従来,電源部が独立した構成になっているアンプは,電源部がアンプ本体
より小型であることが普通でしたが,その大きさにおいても規模においてもコストのかかった電源部
でした。実際,電源部の筐体内部を見ると,パワーアンプを思わせるような構造になっていました。
パワーアンプに比べ,微弱なオーディオ信号をプリアンプでは,商用電源からの外乱,ノイズは大き
く音質に影響してきます。特に,完全バランスアンプをめざしているPRA-S1では,ホット側アンプと
コールド側のアンプの動作を一致させためには,電流の安定性が重要になってきます。そのために,
PRA-S1の電源部は、電源トランスで100VのAC電源を変圧し,整流器で整流し,電解コンデン
サーでリップル成分を取り除くという一般的な電源部ではなく,純度の高い波形伝送を実現するため
に,ピュアパワージェネレーターを採用していました。
ピュアパワージェネレーターは,高い安定性を持つ正弦波発振器を内蔵し,その正弦波出力を,大
電流型増幅素子UHC-MOSのシングルプッシュプル・BTLパワーアンプで増幅し,その出力を再度
整流して電源として用いるもので,電源に混入している高調波ノイズや振幅変動の影響から音楽信
号を守るものでした。また,内蔵発振器の周波数が背面のスイッチにより,100Hz/150Hz/200Hz
/250Hz/300Hzに設定可能となっており,コンデンサーの充電効率を上げることができ,すぐれた
電流供給能力を実現するとともに,周波数の切換えにより,音場感のコントロールが可能となってい
ました。
こうした電源は,オーディオ用としてもいわゆるクリーン電源として商品化されているものがあります
が,アンプ自身に内蔵させたのは,PRA-S1が初めてでした。



筐体の構造は,POA-S1,DP-S1などで採用された「S1シリーズ」共通の非磁性体の砂型鋳造
シャーシが使用され,防振性にすぐれ磁気の影響のない筐体となっていました。高圧で鋳型に圧
入するダイカストに比べ砂型鋳物は歪みが少なく,丈夫で鳴きにくいというメリットがあり,振動を
抑制する働きがより大きいというものですが,もともと少量生産の業務用機器に使われていたもの
で,鋳物を作るたびに砂の型を作り直すなど,生産効率も悪く,精度を出すためには高度な切削
加工が必要になるなど,経験とノウハウが必要なもので,コストも高くなりますが,「S1シリーズ」
に採用していました。



入力は,PHONO(MM)1系統,CD,TUNER,TAPE2系統の5系統のアンバランス入力と,バ
ランス入力が2系統装備されていました。出力は,アンバランスがNORMAL,INVERTEDの各1
系統,バランスが1系統装備されていました。内部レイアウトは,完全に左右対称になっており,
端子も完全に左右に分かれ,対称に配置されていました。
コントロールユニット(プリアンプ本体)とパワーサプライユニット(電源部)は,専用のコードで接続
され,電源のON/OFFスイッチは,パワーサプライユニットに設けられていました。

以上のように,PRA-S1は,デンオンがコストの制限を設けずやれることをすべて盛り込んだとも
いえるプリアンプで,デンオンの歴史の中でも最上級機ともいえる1台でした。見通しが良く,自然
な純度の高い音は,そこに投入された物量と技術を背景にした高度なものでした。


以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。



比類なきピュアな音楽信号,
群を抜くリニアリティで
パワーアンプを駆動。
あらゆる側面から音を究めた
コントロールユニットと
パワーサプライユニット。

◎高S/Nを実現する
 バランスタイプレオスタットモード
 アッテネーター採用
◎ピュアな信号を送る
 NEWインバーテッドΣバランス回路  
 および高CMRRバランスアンプ
◎より繊細な,高次元の再生能力を獲得。
 ピュアパワージェネレーター
◎振動伝播を徹底防止。
 高精度加工,非磁性体の  
 砂型鋳物シャーシ




●PRA-S1の主な仕様●


《コントロール部》

定格出力 NORMAL,INVERTED:1V
BALANCED:2V 
入力感度  PHONO MM:2.5mV/47kΩ
CD,TUNER,TAPE-1,TAPE-2:150mV/47kΩ
BALANCED-1,BALANCED-2:150mV/100kΩ
RIAA偏差  20Hz~20kHz±0.3dB
全高調波歪率  0.005%以下 
SN比(Aネットワーク)  PHONO MM:91dB(入力端子短絡,入力信号5mV)
CD,TUNER,TAPE-1,TAPE-2:108dB(入力端子短絡)
外形寸法(足,ツマミ,端子を含む)  434W×145H×443Dmm
質量  17.4kg 



《電源(パワージェネレーター)部》

電源 AC100V 50/60Hz 
消費電力  110W 
外形寸法  434W×145H×426Dmm 
質量  24.8kg 
その他  ACコード長2m,DCコード長1m 
※本ページに掲載したPRA-S1の写真,仕様表等は1996年
 10月のDENONのカタログより抜粋したもので,D&Mホー
 ルディングスに著作権があります。したがって,これらの写真
 等を無断で転載・引用等することは法律で禁じられています
 のでご注意ください。

  
 
 
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