Technics D-86(RS-686D)
STEREO CASSETTE DECK ¥129,000
1976年に,テクニクス(現パナソニック)が発売した可搬型カセットデッキ。1960年代に登場したコンパクトカセット
は,本来会話記録用程度であったものが,日本のメーカーが中心となって性能を高める努力がなされ,オーディオ
用カセットデッキとしてオーディオシステムの中に組み入れられていきました。その一方,カセットテープのコンパクト
さや扱いやすさを生かした可搬型カセットデッキが登場してきたのも当然のことでした。この分野ではソニーが「デン
スケ」の商標のもと圧倒的な強さを示していましたが,テクニクスも高い技術力を生かして実力派のモデルを作り出し
ていました。そんなテクニクスが,思い切った小型化と高い性能を実現した力作がRS-686Dでした。
D-86の最大の特徴は,小型化と高性能化を両立させるために通常のオーディオ用カセットデッキに比較してもレベ
ルの高い精密加工と精密仕上げ,精密なつくりが施されていることでした。パネルは精密ダイカストでキャビネットは
アルミの絞り加工が採用され,しっとりとした重厚な雰囲気だけでなく,堅牢な筐体を実現していました。内部のメカニ
ズムにも,構成部品の精度を追求するために,耐摩耗性にすぐれ高精度を長期にわたって維持しやすいステンレス
材が大幅に導入されていました。
駆動系のメカニズムは,可搬型(ポータブル)という性格上,特に振動に対して強いメカニズムを実現するために,キャ
プスタン駆動用のフライホイールに対して逆回転のカウンタフライホイールを組み合わせて,小型にまとめられたメカニ
ズムでありながら大型の高級デッキに匹敵する慣性エネルギーがキャプスタンに与えられるアンチローリングメカニズ
ムが搭載されていました。さらに,キャプスタンにリール台の負荷変動が直接伝わらないように,リール台の駆動をカウ
ンターフライホイールによって行う仕組みとなっていました。また,フライホイール及びキャプスタンそのものも高い精度
で仕上げられ,フライホイールのダイナミックバランスは0.5gr-cm以下,キャプスタンの真円度は0.15μとなってい
ました。
メカニズムを駆動するモーターには,FGサーボDCモーターが採用されていました。モーター内部に設けられた周波数検
出用コイルから交流電圧を検出して回転数を制御するFGサーボモーターは,当時多くのテープデッキに搭載されていた
電子制御型DCモーターに比べて,対負荷変動,ドリフト,対電圧変動のいずれも少なく,バッテリー駆動を前提とする可
搬型テープデッキには有利な特性を備えていました。D-86のFGサーボDCモーターは,38極の発電子で構成され,発
生信号は1393.3Hz,制御回路にはトランジスター23石に相当する専用ICが採用され,直流増幅回路,モーター駆動
回路によってモーターの回転数が制御され,安定したテープ走行が確保されていました。
以上のような,高性能FGサーボDCモーター,アンチローリングメカニズム,フライホイール,キャプスタンの高精度化など
が相まって,ワウ・フラッター0.07%(W.R.M.S.)というすぐれた特性が実現されていました。
ヘッドは,消去ヘッド,録再ヘッドに加えて,モニターヘッド(モノーラル)を搭載した3ヘッド構成となっていました。コンパク
トなD-86のメカニズム部を考えると前例のない構成でした。録再ヘッドは,テクニクス自慢のHPF(ホットプレスフェライト)
ヘッドが採用されていました。HPFヘッドは,マンガン,亜鉛,フェライトの微粉末を高温高圧で成形したフェライトヘッドで,
高い透磁率と推定約20万時間という長寿命を可能にするすぐれた耐摩耗性を実現していました。モニター用再生ヘッドに
はパーマロイ再生専用ヘッドが採用されていました。消去ヘッドには,ダブルギャップのフェライトヘッドが採用されていまし
た。
ヘッドアンプは,可搬型デッキとしてマイク録音も考慮したダイナミックレンジの広いものが搭載されていました。DC-DCコ
ンバーターを採用して32Vの高電圧を供給し,これによって60dB以上のリニアリティが確保されていました。最大許容入
力は250mVで,アッテネーター(20dB)を挿入することで,2.5Vという大入力まで対応できるようになっていました。回路
構成は,PNP-NPN-NPNの3段直結で,厳選したローノイズトランジスターが使用されていました。ラインアンプは15V
RECアンプは24Vの電圧をDC-DCコンバーターで供給するようになっていました。単2乾電池6本で約2時間の連続使用
が可能でした。
テープセレクターは,バイアス/イコライザ独立で,バイアス2段(HIGH/LOW),イコライザ2段(70μsec/120μsec)を
組み合わせることで,当時市販のほとんどのテープに対応していました。ノイズリダクションとして,ドルビーNR(Bタイプ)が
装備され,INにするとMPXフィルターが挿入されるようになっていました。
操作系や機能の面でも可搬型デッキとしての配慮が各部に見られる設計でした。テープ操作系は,REC,PLAYボタンを
並べ,PAUSEをその横に配置した形で,STOP,EJECTは独立した丸ボタン,FF,REWは走行方向に合致させたレバー
方式となっており,手探りでも操作しやすい形になっていました。
テープエンドでは,モーターが自動的に停止して,エンドアイ(インジケーター)が点灯し,いきなりメカニズムが解除されな
いようになっているサイレントストップ機能が装備されていました。これは,メカニズムが解除されるときの機械音によって
他の録音仲間に迷惑をかけないためという可搬型デッキならではの機能でした。また,エンドアイは,テープの残量が約3
分程度になったときから点滅を始める機能も備えていました。
L・R独立の丸形の針式レベルメーターには,文字盤上にそれぞれLEDのピークインジケーターが設けられていました。押
しボタンにより,メーターライト,バッテリーチェックの機能も備えられていました。録音入力レベル調整ボリュームは,L・R独
立のボリュームとは独立してマスターボリュームが装備され,左右のレベル設定後のフェードイン/フェードアウトも容易に
行えるようになっていました。
マイク録音を行う際のためのリミッタ機能も装備されていました。自然な効果が得られるように,アタックタイム,リカバリータ
イムを十分に検討して,適切な値が設定されていました。また,野外で録音する際の風雑音,ボーカルをオンマイクで録音
する際のポップノイズをカットするための,200Hz以下をカットするローカットフィルターも装備されていました。
モニター用として,ヘッドホン端子に加えて,イヤホン端子も装備され,さらに,出力200mW,5cm口径のモニタースピー
カーも装備されていました。
以上のように,D-86(RS-686D)は,可搬型カセットデッキとして,小型化と高性能を両立させた設計で,テクニクスの
高い技術が感じられる高性能デッキでした。機能の面でも操作性でもバランスのとれた設計は使いやすいものでした。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
ライブレコーディングへの
熱い要望に応えたテクニクスの解答。
コンポデッキをポータブル化した
キャリングデッキ。
幅243×高さ77×奥行200mm・重量3kgに
フルサイズに優る性能を凝縮しています。
アンチローリング機構・FGサーボモータを採用した
信頼感あふれる高精度メカニズムと
3ヘッドを搭載した高リニアリティ・低雑音を誇る
電気回路は数々の特長のごく一部です。
◎アンチローリングメカニズム採用
移動録音にも回転ムラは極少です。
◎FGサーボDCモータを採用
ワウ・フラッタは0.07%(W.R.M.S.)
◎高精度,高信頼度を実現した
ステンレススチールによる部品構成
◎ポータブルタイプでは異例の
モニタ用を加えた3ヘッド構成
◎高リニアリティ,低雑音設計の
マイクアンプ回路構成
◎手さぐり操作も容易に行える
巧みな操作ボタンのレイアウト
◎テープ終了を予告するエンドアイと
サイレントストップ機能装備
◎ライブ録音に威力を発揮するL,R
独立のピークインジケーター採用
◎低歪率のライブ録音を可能にする
リミッタ回路を内蔵
◎風雑音,ポップノイズを防ぐ
ローカットフィルタを装備
◎FMステレオエアチェックも考慮
したドルビーNR回路を内蔵
◎ポータビリティを存分に生かせる
イヤホン端子を独立して装備
◎最大出力200mW
モニタスピーカも内蔵
◎バイアス/イコライザ単独切換の
テープセレクタ
◎フェードイン・フェードアウトに便利
なマスターボリウムを独立して装備
●RS-686D定格●
電源 | DC:9V(単2型乾電池6個) AC:付属ACアダプタ使用 カーアダプタRP-917使用(別売) |
消費電力 | 約12W(付属アダプタ使用時) |
使用トランジスタ | 41石(DC-DCコンバーター4石を含む) FET:2石 IC:11石 |
ダイオード | 30石(サイリスタ:1石) 発光ダイオード:4石 |
録音バイアス方式 | 交流バイアス 85kHz |
消去方式 | 交流消去 |
録音トラック方式 | 4トラック2チャンネルステレオ |
ヘッド | 録音・再生ヘッド(HPF)・・・1 モニタヘッド・・・1 消去ヘッド(ダブルギャップフェライト)・・・1 |
モータ | FGサーボモータ |
テープ速度 | 4.8cm/sec |
SN比 | 57dB(XA,ピークレベル) |
周波数特性 | 30〜15,000Hz(Normal) 30〜17,000Hz(XA) |
ワウ・フラッタ | 0.07%W.R.M.S. |
入力 | MIC−72dB(0.25mV) 適合マイクインピーダンス(400Ω〜10kΩ) LINE IN−24dB(60mV) 入力インピーダンス100kΩ |
出力 | LINE OUT基準出力レベル(420mV) 負荷インピーダンス22kΩ以上 モニタSP 200mW(EIAJ) HEADPHONES 65mV 8Ω イヤホン 65mV 8Ω(モノラル) |
電池寿命 | 連続録音 約2時間(ネオハイトップ使用) 約4時間(アルカリ使用) |
外形寸法 | 243W×77H×200Dmm |
重量 | 約3kg(乾電池含む) |
付属品 | ショルダーベルト×1 ACアダプタ×1 乾電池(ナショナル ネオハイトップSUM-2(N)×6 |
※本ページに掲載したRS-686Dの写真,仕様表等は1976年11月
のTechnicsのカタログより抜粋したもので,パナソニック株式会社に
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