RS-690Uの写真
Technics RS-690U
STEREO CASSETTE DECK ¥298,000

1975年に,テクニクス(現パナソニック)が発売したカセットデッキ。日本初(世界初!)のセパレート
形カセットデッキで,おそらくカセットデッキでは唯一セパレート構成を採用したカセットデッキでした。
オープンリールデッキでは,トランスポート部とアンプ部がセパレートとなっているものはよく見られまし
たが,カセットデッキでは前例がなく,これ以降もなかったはずですので,おそらく唯一ともいえるモデル
であったろうと思われます。

トランスポート部は,3モーター構成となっていました。巻き取り側キャプスタンには,テクニクス自慢の
DDモーターによる直結ドライブ(ダイレクトドライブ)となっていました。テクニクスは,1970年にSP-10
を発売し,アナログプレーヤーのDD方式の元祖として有名ですが,カセットデッキの分野でも同じ1970
年にRS-275Uにいち早くDDモーターを搭載しており,元祖といえる存在でした。その技術を受け継い
でいたのがこのRS-690Uでした。このキャプスタン用DDモーターは,8極24スロットの電子整流子型
のDCモーターで,毎秒約5回転をという超低速回転を低振動で安定して実現していました。このキャプ
スタン用DDモーターと送り出し側のフライホイールは,ベルトで連結され,テープに対して適度なバック
テンションがかけられるようになっていました。このキャプスタン用DDモーターを含む走行系は,クロー
ズドループ・ダブルキャプスタン構成がとられ,ワウ・フラッター0.04%(WRMS)の高精度なテープ走
行が実現されていました。

FFとREWには,それぞれ独立したリールモーターが搭載されていました。リールモーターには,これも
自社製のコアレスモーターが搭載されていました。このコアレスモーターは,コイルだけでロータが構成
されているため立ち上がり特性にもすぐれていました。また,ステータには抗磁力が高く効率にすぐれた
アルニコ磁石が用いられ,低消費電力と安定した温度特性を実現していました。さらに,早送り,巻き戻
しの際,テープ終端で走行速度が上がりすぎたりすることを防ぐために,サーボ回路が設けられ,自動
的にモーターの回転速度が制限され,テープが保護されるようになっていました。

ヘッドは,録音・再生が独立した3ヘッド構成がとられていました。録・再ヘッドはいわゆるコンビネーショ
ンタイプではなく,通常のヘッドの位置に再生ヘッドがあり,ハーフの左隣の窓の位置に小型の録音ヘッ
ドを設けた独立タイプとなっていました。録音ヘッドと再生ヘッドはHPF(ホットプレスフェライト)ヘッドが
採用されていました。HPFヘッドは,マンガン,亜鉛,フェライトの微粉末を高温高圧で成形したフェライト
ヘッドで,高い透磁率と推定約20万時間という長寿命を可能にするすぐれた耐摩耗性を実現していまし
た。再生ヘッドは0.8μの狭ギャップ,録音ヘッドには5μの広ギャップとそれぞれの条件に合った専用
のギャップ幅が設定され,3ヘッドならではのすぐれた録音・再生性能が確保されていました。
消去ヘッドには,ダブルギャップ・フェライトヘッドが搭載されていました。

テープ走行メカニズムの操作系は,ICロジックによる電子コントロール方式が採用されていました。プラ
ンジャを使用したメカニズムで,操作ボタンにはストローク0.8mm程度のキーボード式スイッチが用い
られ,節度のあるクリック感と感触,そしてすぐれた操作性を確保していました。プランジャは,「プレイ」
「ポーズ及びブレーキ解除」「イジェクト」の3カ所に搭載され,信頼性とSN比を高めるため,リレーが排
除されていました。ICロジック方式により,再生から巻き戻し等自在に他の操作に移行することが可能
となっていました。

このころ,カセットデッキは,水平型からコンポスタイル(現在のカセットデッキに見られるアンプのような
形で前面パネルにカセットリッドがあるタイプ)への移行期で,両方のタイプが併存していました。そして
この時期に,水平駆動タイプのメカニズムをやや斜めにした「スラントローディング」というタイプが作られ
ていました。当時,もともと水平駆動のメカニズムからスタートしたカセットテープは,立てて正常に動作
するかという技術的な不安がいわれていたためでした。(実際には,問題はなく,現在では立てて動作
するタイプが主流ですね。)RS-690Uもこの「スラントローディング」タイプで,前面にあるカセット挿入
口の扉には厚手のガラスが用いられ,エアーダンプ機構によりスムーズな動作が実現されていました。
また,「イジェクト」の動作は上記のプランジャによるものでしたが,電源OFF時にも手動で操作できる
ようになっていました。

機能的には,シンプルですが,当時のカセットデッキとしては珍しい巻き戻し時に,自動的にストップあ
るいはプレイ動作に入るメモリーリワインド及びメモリーストップ機構も装備されていました。また,DD
モーターの特長を生かし,テープ速度を±5%の範囲で調節できるピッチコントロール機能も搭載され
ていました。テープカウンターはオーソドックスなメカニカル式でしたが,他にあまり例を見ないテープ残
量メーターが装備されていました。このテープ残量メーターは,写真にあるようにアナログメーターで,
供給リール側のリールモーターから回転速度による電圧の変化を検出して,正確にテープ残量を目盛
りで表示しようというもので,C-45,C-60用とC-90用のダブルスケールとなっており,太ハブタイプに
も対応していました。

録音・再生アンプ部もしっかりとした構成がとられていました。録音系にはマイク端子に対応したマイク
アンプが設けられていました。マイクアンプはPNP型のローノイズトランジスタによる2段直結回路が採
用され,回路には金属皮膜抵抗の使用などによるローノイズ化が図られ,−72dBの感度に対し55dB
のリニアリティと30dBのゲインが確保されていました。また,マイクアンプには30dBのアッテネーター
が設けられており,これを入れると直接録音アンプに入るのと同じことになりました。
録音アンプは,2段直結回路による,本格的なピーキング回路(周波数特性に特定のピーク特性を設
ける回路)が構成され,低歪みで高域補償(イコライジング)が行われるようになっていました。低域時
定数は3,180μsに設定され,バイアス発振周波数は90kHzになっていました。

再生系は,初段が3段直結構成で,低域のSN比に優れたPNP型トランジスタを使用した回路になって
いました。回路には金属皮膜抵抗と自社製のAFタンタル型カップリングコンデンサも使用され,入力換
算雑音−132dBという高SN比,低歪率の再生アンプとされていました。ここで使用されたAFタンタル型
コンデンサは,リーク電流が極めて少なく(通常品の1/30)で,理想的な特性を持つというものでした。
再生アンプの時定数は,録音系と同じ3,180μsに設定されていました。
出力段は,接続する機器の影響を受けないように,トランジスタ2石のバッファアンプとなっていました。
ヘッドホンには,専用のヘッドホンアンプが設けられ,出力も最大900mW,ダンピングファクタ10と高
インピーダンス型ヘッドホンにも十分な余裕が確保されていました。音量も専用ボリュームによって調節
できるようになっていました。

録音・再生アンプ部には,各種のテープに最適な状態で対応できるよう,各種の調節機能(バイアス,イ
コライザ,録音・再生レベル)が搭載されていました。バイアス調整はnormalを基準に−50〜+100%
で連続可変ができるようになっていました。イコライザ調整は,テープセレクタの各ポジション(CrO2,nor-
ma,ex)を基準にして,10kHzで±5dBの連続可変ができるようになっていました。これらの調整は左右
がそれぞれ独立していました。バイアス・イコライザの調整ボリュームにはクリックストップが設けられてお
り,出荷時には基準値に完全に調整されており,スイッチによってvariableとpre-setの切換えができるよ
うになっていました。pre-setでは,基準値に補正を加えた場合と基準特性の場合との音質比較が瞬時に
行なえ,variableの場合にはインジケータがそれを表示するようになっていました。オシレータの発振周波
数は400Hzと8kHzで,出力レベルと周波数の調整も可能となっていました。400Hz信号の出力レベル
は200nWb/mで,この−20dBが8kHzのレベルになっていました。録音・再生レベル・キャリブレーション
は,プレイキャル(play cal)とレコードキャル(rec cal)が設けられ,再生時のドルビーレベルの較正やドル
ビー録音のレベル合わせ,テープ感度の補正ができるようになっていました。これらの機能により,搭載さ
れたドルビーNRも正確に動作させることが可能となっていました。

レベルメーターは,DIN規格に準拠した本格的なピークメーターが搭載されていました。応答速度は,10
msec・−1dB,3msec・−4dB,復帰時間は650msecとなっており,使いやすいものとなっていました。
レベル調整は高精度な2dBステップのディテント型ボリュームが搭載されていました。

以上のように,RS-690Uはテクニクスが技術の粋を尽くして作り上げた超高級カセットデッキでした。走
行系からヘッド,アンプ系まで当時の同社の技術の限りを投入したともいえる内容を持ち,カセットデッキ
として前代未聞の全重量22kgにおよぶセパレート型の筐体として完成されたRS-690Uは,テクニクス
のカセットデッキの歴史の中でも最上級機といえると思います。そこに実現されていた音は,やはり正確な
録音・再生を感じさせるものでした。


以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。



RS-690U
 Cassette Tape Transport

D.D.ダブルキャプスタン・クローズドループ方式による
ワウフラッタ0.04%


RS-690U
 Record/Reproduce Amplifier

あらゆるテープ特性を活かす調整機構 



●主な定格●

ヘッド構成
録音用:HPFヘッド
再生用:HPFヘッド
消去用:ダブルギャップフェライトヘッド
使用モーター
D.D.モーター×1,コアレスモーター×2
周波数特性
20〜18,000Hz(Normal)
20〜20,000Hz(CrO2)
SN比
55dB(DOLBY OUT)
5kHz以上10dB改善(DOLBY IN)
ワウ・フラッタ
0.04%(W.R.M.S.)
入力
MIC:0.25mV(−72dB),適合マイクインピーダンス 400Ω〜20kΩ
LINE IN:60mV(−24dB)
出力
LINE OUT:420mV(−7.5dB),負荷インピーダンス 47kΩ以上
HEADPHONES:0〜900mV可変,8Ω
使用半導体
トランジスタ:147石(FET:6),IC:6個,ダイオード:94 石,その他半導体:16個
電源
AC100V 50/60Hz
消費電力
約40W
寸法/重量
アンプ部:480W×173H×375Dmm/約8.5kg
トランスポート部:480W×193H×375Dmm/約13.5kg


※本ページに掲載したRS-690Uの写真,仕様表等は1976年8月
 のTechnicsのカタログより抜粋したもので,パナソニック株式会社
 に著作権があります。したがって,これらの写真等を無断で 転載・
 引用等することは法律で禁じられていますのでご注意ください。

   
 
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