STAX CDP ”QUATTRO”
COMPACT DISC PLAYER ¥270,000
1986年に,スタックスが発売したCDプレーヤー。1938年に昭和光音工業として創立されたスタックスは
現在「イヤースピーカー」と称されるコンデンサー型ヘッドホンで有名なブランドですが,創立以来,コンデ
ンサー型のマイク,カートリッジ,スピーカー,ヘッドホン,さらにセパレートアンプなどを頑固に作ってきた
ブランドで,多数派ではないものの,独特の高品位な音は熱心なファンをつくってきました。そんなスタック
スが作り上げた,CDプレーヤーの1号機がSTAX CDP QUATTROでした。
スタックスは,アンプ作りの技術やノウハウは持っていましたが,CDプレーヤーはもちろん,アナログプレ
ーヤー,テープデッキなどのメカニズム系の製品の経験はなく,デジタルオーディオについても初の挑戦
でした。そこで,ヤマハ製のメカニズム部分に自社開発のD/Aコンバーター部,アンプ部等のエレクトロ
ニクス部を結合することで一体型CDプレーヤーとして作り上げるという手法がとられていました。CDプ
レーヤーがスタートしてから3年目のこの当時,自社でCDプレーヤーの全ての部分を作ることができる
メーカーは少なく,海外メーカーでは,CDプレーヤーのメカニズム等の主要部分にフィリップス等のもの
を使い,デジタル信号の処理やオーディオ部に特色を出そうとしたメーカーがほとんどで,スタックスの
こうした手法はめずらしいものではありませんでした。
国内でも,代表的なところでは,アキュフェーズがソニー製のメカニズムを使用し,自社の回路技術を生
かしたセパレート型CDプレーヤーを出し,高い評価を得ていました。スタックスは,アキュフェーズのよう
にD/AコンバーターとCDトランスポートによるセパレート型という形をとらず,一体型としていました。そし
て,両者を2段重ねとした構造で特異な外観や筐体構造になっていました。
構造としては,単純な2段重ねではなく,しっかりとした木製の板材を背の高いアルミ製のポールで支え,
板の上にメカニズム部分を載せ,板の下にエレクトロニクス部分を吊り下げるような形になっていました。
上部のメカニズム部と下部のエレクトロニクス部は電源トランス・電源コードに至るまで完全に分離され
ており,こうした構造にすることで,メカニズム部分がエレクトロニクス部分を介することなくダイレクトに
床に接することとなり,機械的にも電気的にも,メカニズム部分とエレクトロニクス部分の相互の干渉を
徹底して防ぐようになっていました。
エレクトロニクス部とメカニズム部の2重シャーシ構造での機械的分離,電源部を完全に独立した構造と
した上で,D/Aコンバーター,アンプ部などのエレクトロニクス部は,電磁波の影響を受けない木製シャー
シに納められていました。
さらに,D/Aコンバーターに続くアナログ部でのノイズ発生源となり得るデグリッチ回路には,スパイク・ノ
イズ(スイッチの開閉などに伴うの鋭い波形のノイズ)の少ないバランスド・チャージ型MOS FETを光伝
送コントロール信号でドライブするようになっていました。デグリッチ回路は,あえてオペアンプを使わず,
ディスクリートで構成され,アース・パターン,配線にも細心の注意が払われ,ノイズの発生を徹底して抑
えていました。アナログアンプ部には,高速レスポンスかつリニアリティにすぐれたオールFETディスクリー
ト・アンプが採用されていました。
スタックスオリジナルのエレクトロニクス部の最大の特徴は,一般的に不可欠とされているアナログ・フィ
ルターを事実上不要なものとした設計になっていることでした。音楽信号を44.1kHzでサンプリングす
るCDは,再生時に,音楽信号とともにサンプリング周波数とその高調波成分による高次のサイドバンド
を発生し,この不要成分がオーディオ帯域に悪影響を与えないように,カットする必要があります。その
働きをするのがフィルターで,アナログフィルターのみでは,高次のフィルターが必要となり,高域の位相
特性の劣化等が発生し,使用部品による音質劣化の可能性も高まるなど,アナログフィルターは必要悪
でもありました。そのため,サンプリング周波数を2倍,4倍というふうにオーバーサンプリングして高い
周波数に追いやるデジタルフィルターを搭載し,オーディオ帯域から不要成分を遠ざけることで,後段の
アナログフィルターを3次程度の低次のもので済むようにする手法がとられるようになりました。
スタックスCDPでは,16ビット4倍オーバーサンプリングデジタルフィルターを搭載し,4倍の176.4kHz
でオーバーサンプリングされ,D/Aコンバーターでアナログ信号に変換すると,不要高調波成分の下限
は156.4kHzにまで追いやるようにしていました。また,サンプルホールド回路のスイッチングICを厳選
し,きわめて高速でSN比にすぐれたものを採用し,スイッチングノイズを抑えていました。さらに,D/Aコ
ンバーターの後にある,デグリッチ回路のホールドアパーチャータイム(サンプルモードとホールドモード
の切り替わる時間)により,自動的にSinx/x型のフィルターが形成され,高次のサイドバンドに充分な減
衰量が得られるようになっていました。D/Aコンバーターには,信頼性の高いラダー型をL・R独立で搭載
し,L・R間の位相差をなくし,クロストーク,歪み特性を改善していました。こうした構成のD/Aコンバータ
ー部により,アナログフィルターなしで十分なSN比が確保され,アナログフィルターなしでのダイレクト出
力を実現していました。このダイレクト出力は通常の再生では問題は起きませんが,テープへの録音時
などでのビート発生の心配もあるという理由から,特性のゆるやかな3次のベッセル・アナログフィルター
を介するフィルター出力も装備されていました。さらに,音楽の表情に微妙な変化を与える絶対位相につ
いては,リア・パネルに位相切替えスイッチが装備され,対応していました。
以上のように,CDP QUATTROは,スタックスが,エレクトロニクス部に独自性を打ち出そうとした意欲作
でした。デザイン,筐体構造など個性があふれていますが,特にダイレクト出力での,すっきりとした新鮮さ
や爽やかさを感じさせる音は,同社のコンデンサー型ヘッドホンやスピーカーに通じるものがあり,独自の
魅力をもっていました。ちなみに,”QUATTRO(=イタリア語で”4”の意味)の名は,特徴的な4本の脚部
あるいは,4倍オーバーサンプリングデジタル・フィルターにまつわるものだったそうです。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
スタックス思想が
すみずみまで息づくCDプレーヤー。
アナログ・フィルターを通さない
ダイレクト出力を装備して新登場。
基本に忠実な設計にのみ許された
リファレンス・サウンド。
◎16ビット4倍オーバーサンプリング・
デジタルフィルターの採用により
ローパスフィルターを通さない
ダイレクト出力を実現。
また,特性の良い3次ベッセル
ローパスフィルター出力も標準装備。
◎メカ・デジタル部とアナログ部を
電源コードに至るまで完全に分離する
二重構造,コントロール信号の光伝送
バランスド・チャージ型MOS FET
スイッチング素子の使用,
アース・パターンおよび配線の究明など
デジタル・ノイズを徹底して排除。
◎信頼性の高いラダー型DAコンバーター
LR独立使用により,チャンネル間の
位相差を追放。さらにデジタル信号レベル
での位相切替えによる絶対位相合わせも
可能。
◎DAコンバーター以降はスタックスの
アナログ技術を惜しみなく投入した
高スルーレート,低歪率ディスクリート・
アンプで構成。
●STAX CDP仕様●
型名 | STAX CDP |
方式 | 16ビット4倍オーバーサンプリングデジタルフィルタ セパレートコンストラクションデュアルDAC |
周波数特性 | 0.7Hz~20kHz±0.5dB以内(DIRECT OUT) 0.4Hz~18kHz±0.5dB以内(FILTERED OUT) |
S/N | 104dB以上 |
ダイナミックレンジ | 96dB以上(-60dB,1kHz) |
無信号時/ノイズ・スペクトル | 120dBv以下(25Hz~100kHz) |
歪率 | 0.002%以下(0dB,1kHz) 1.6%以下(-60dB,1kHz) 12%以下(-80dB,1kHz) |
クロストーク | -100dB以下(5Hz~16kHz) |
デエンファシス偏差 | ±0.5dB以下 |
L/R間位相差 | 0°(5Hz~20kHz) |
出力電圧 | 6.4dBv(2.1V) |
出力インピーダンス | 1kΩ |
絶対位相切替 | デジタルデータの反転による |
消費電力 | プレーヤー部:10W DAコンバーター部:10W |
寸法 | 435W×165H×290Dmm |
重量 | 8.0kg |
※本ページに掲載したSTAX CDPの写真・仕様表等は,
1986年のSTAXのカタログより抜粋したもので,有限会
社スタックスに著作権があります。したがって,これらの
写真等を無断で転載,引用等をすることは法律で禁じら
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