ESPRIT TA-N902
STEREO POWER AMPLIFIER ¥280,000
1983年に,ソニーがエスプリブランドで発売したパワーアンプ。ソニーは,1978年に高級機専門ブラ
ンドのエスプリ(ESPRIT)ブランドを立ち上げ,平面振動板スピーカーAPM-8,APM-6,セパレート
アンプTA-E900,TA-E901,TA-N900,TA-N901など,ソニーならではの高い技術力を示す製
品群を出していました。そうした中,TA-N901の弟機として発売されたのがTA-N902でした。
パワーステージは,小電力トランジスタを無限大個集積した構造を持ち,高周波特性のすぐれたHi-fT
トランジスタを5個並列接続したエミッタフォロワーのSEPP出力回路を構成していました。パワーステー
ジのリニアリティを補正するようにドライブ電圧をコントロールしながら,パワー素子をほとんどの領域で
Aクラス動作させる歪み低減回路を採用し,プリステージへのNFB回路を取り除き,TIM(過渡相互変
調)やスピーカー負荷のリアクションの影響を大幅に低減した「No NFB Loop Aクラス動作」として
いました。
プリステージの初段はFETによるダブルカスコード差動回路で,FETの帰還容量の非直線性による高
域の歪みを減少させ,さらにカレントミラー負荷との組み合わせで温度変化に対する安定度と電源リジェ
クション特性の向上が図られていました。
2段目は,バイポーラトランジスターのカスコード差動回路で,優れたリニアリティと高い電源リジェクショ
ン特性を実現していました。
終段は,エミッタホロワSEPP出力で,この出力端子から初段へのNFBループは設けられていましたが
扱う信号が小さくスピーカー負荷からも切り離されているため,音質への影響は無視できるレベルに抑
えられていました。
電源部は,大型の電源トランスがL・R独立で2個搭載され,この電源トランスを核に,音質を吟味し,高
周波インピーダンスを低減した電解コンデンサーを組み合わせた強力なものでした。この大容量の電解
コンデンサーは,陽極・陰極とも高純度アルミ箔を使用し,誘導体である酸化皮膜には音質的に有利な
化成方式を採用し,電解液には,高速・低歪率タイプで温度安定性にすぐれたものを使用し,端子の材
質から磁性体を排除し,高周波インピーダンスを従来の1/2以下に改善するなど,様々な改善が施さ
れたものでした。これまでのエスプリのパワーアンプがパルスロック電源であったのに対し,TA-N902
では,通常型の電源となっているため,アンプ本体もこれまでの薄型ではなく大型の重量級となってい
ました。電源コードには,伝送特性のよいスターカッド構造線(均等に撚り合わせた4本の導体のうち,
それぞれ対角線方向の2本を並列に接続した2対の導体を往路・復路に用いることにより、ケーブル内
に発生するループ面積を仮想的にゼロとした構造。電流が流れることにより外部に発生する磁束をキャ
ンセル、あるいは外部からケーブルを貫通する磁束によって発生する電流ノイズの影響を低減する。)
を採用していました。
全段にわたり,左右対称設計のツインモノラル構成を採用しており,アースラインは集中アースとして
ステージ間のアース電位の差から発生する有害成分を排除していました。そして,ヒートシンクを左右
の外部に露出させたレイアウトを採用し,余裕のある電源回路設計としていました。ヒートシンクそのも
のも大型・高剛性のアルミダイキャストとして,筐体全体の強靱な構造基材としていました。また,フィン
の鳴きが音質へ影響を与えないように,形状,材質を吟味した防振ゴムを専用に作り,聴感上もっとも
理想的な位置に取り付けていました。
内部も,トランスやコンデンサーの振動が音質に与える影響を考慮して,トランス内部には防振性にす
ぐれた物質を充填し,更に,シャーシとの間にゴム製のダンパーを介在させることで,シャーシへの振
動伝達を抑えていました。また,コンデンサーも外側から特殊な制振材で振動を抑えていました。
さらに,天板の振動を抑える制振材を採用し,外部からの不要な振動成分を除く特殊材料の取付脚の
採用など,徹底して防振対策が行われていました。
パーツ等の面でも,エスプリ仕様として厳選されたものが使用されていました。フィルムコンデンサーに
は,印加電圧による機械的な共振や損失を解決するために,フィルムを固く巻いて周囲を固定し,さら
に電極とフィルム自体に機械的強度や電気的特性にすぐれたものを選んで使用していました。リード線
電極接合部,電極の材料や接合状態にもしっかりと配慮がなされていました。
配線材として,当時,世界で初めてLC(リニア・クリスタル)-OFCを電源,信号系線材に使用していま
した。LC-OFCは,第一種無酸素銅(純度99.995%以上)の結晶を巨大化し,結晶境界の数を少
なくして容量リアクタンスによる音楽信号の劣化を減少させたもので,通常のOFCが1mあたり結晶数
が50,000個を超えるのに対し,LC-OFCでは20数個と2,500分の1以下で,実質上信号経路が
大きくなる効果が得られていました。
入力端子は,VARIABLE,FIXED(DIRECT),FIXED(COUPLED)の3系統の端子が装備されてい
ました。VARIABLEに接続すると,前面パネルのツマミでL・R別にレベルコントロールが可能でした。
FIXED端子は,DCアンプとなるDIRECTとDCカットとなるCOUPLEDの使い分けが可能でした。
また,背面のスイッチを切り換えることで,130W+130W(8Ω)のステレオパワーアンプとして,また
400W(8Ω)のモノラルパワーアンプとして使えるようになっていました。
前面パネルの右寄りには,インジケーター部が装備され,TEMPERATURE(温度)モニターとピーク
パワーインジケーターが搭載されていました。TEMPERATURE(温度)モニターは,パワーON後,温
度が約40度に達するまでは青,ベストコンディション(40度~90度)では緑,それ以上に温度が上が
りすぎると赤になり,温度オーバー状態が続くとプロテクションが働くようになっていました。ピークパワー
インジケーターは,LまたはRチャンネルのどちらか高いレベルの方のスピーカー出力を6段階で点灯
し,このインジケーターがフルに点灯し,オーバーロードがあった場合には,プロテクションが動作する
ようになっていました。
以上のように,TA-N902は,エスプリブランドのパワーアンプとしては末弟でしたが,上級機とは異な
り,オーソドックスな電源部を持ち,デザインイメージは受け継ぎながら重厚なイメージを持ったアンプ
となっていました。上級機譲りの回路構成や高品質なパーツの投入などから,エスプリブランドのアン
プに共通する,華やかさはないものの,色づけの少ない静かでしっかりとした音をもっていました。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
No NFB Loop Aクラス動作はそのままに,
130W+130Wステレオと400Wモノラルパワーが
切替え使用できる,多用途なパワーアンプです。
●主な仕様●
型式 | ステレオパワーアンプ |
回路方式 | (プリステージ段) 初段FET差動カスコード 2段目差動カスコード カレントミラーロード 終段エミッタホロアSEPP出力 (パワーステージ段) Hi-fTトランジスタ5パラレルエミッタホロアSEPP出力, ノンスイッチング型Aクラス動作,No NFBループ (電源部) 大容量大型電源トランスによる左右独立電源 |
実効出力 | (STEREO) 200W+200W(20Hz~20kHz,4Ω負荷時) 130W+130W(20Hz~20kHz,8Ω負荷時) (MONO) 400W(20Hz~20kHz,8Ω負荷時) |
出力帯域幅 | 5Hz~80kHz(65W出力,8Ω負荷,定格高調波歪率時) |
スルーレイト | 120V/μsec(8Ω) |
高調波歪率 (実効出力時) |
0.1%以下(8Ω) 0.2%以下(4Ω,モノラル8Ω) |
混変調歪率 (実効出力時) |
0.1%以下(8Ω) 0.2%以下(4Ω,モノラル8Ω) |
ダンピングファクター | 50(1kHz,8Ω) |
残留雑音 | 30μV以下(8Ω Aネットワーク) |
SN比 | 120dB以上(クローズドサーキット Aネットワーク) |
周波数特性 | DC~100kHz+0-3dB(Direct) 5Hz~100kHz+0-3dB(Coupled) |
入力感度/インピーダンス | 1.3V/50kΩ(実効出力時) |
出力端子 | STEREO:4Ω~16Ωに適合 MONO:8Ω~16Ωに適合 |
電源 |
AC100V,50/60Hz |
消費電力 | 330W |
大きさ | 480(幅)×155(高さ)×485(奥行)mm |
重量 | 28kg |
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