SONY TCD-D10
DIGITAL AUDIO TAPE RECORDER ¥250,000
1987年に,ソニーが発売したDATデッキ。DAT初の可搬型ポータブルデッキで,ソニーは自社の
可搬型デッキに付けた商標「デンスケ」を取り「デジタル・デンスケ」と呼んでいました。DATが市場
に登場した1987年11月にいち早く可搬型デッキを唯一発売し,生録ファンに人気を得ることとな
りました。
DTC-D10は,可搬型DATデッキとして,高い音のクオリティは保ちながら,あのカセットデンスケの
名機
TC-D5に迫る,B5版サイズ・重量1.85kgにまで小型化され,まさに「デジタル・デンスケ」で
した。
TCD-D10には,ソニーのDAT1号機
DTC-1000ESと同じ「4DDモーターメカニズム」が搭載され
ていました。この「4DDモーターメカニズム」は,プロユース機と同じ構成で,駆動モーターを,キャプ
スタン用,テイクアップ・リール用,サプライ・リール用,ヘッドドラムの回転用に独立は位置したもの
で,シンプルな構造で,すぐれた回転特性を長期にわたって維持する信頼性の高いメカニズムでし
た。回転系全体を支えるベースユニットには,非磁性で高硬質のアルミ合金が採用され,加工精度
と耐久性が確保されていました。
DATデッキであるTCD-D10は,ビデオデッキと同様の回転ヘッドによる記録再生方式で,DTC-
1000ESと同じ,直径30mmの超小型ドラムに2個のヘッドが取り付けられた2ヘッド方式で,テー
プはドラムの4分の1に接触する「90°ラップ」という方式がとられていました。
ヘッドは,ソニーのVTR技術で培われたヘッド技術が応用されたもので,高いギャップ精度を誇り,
長期にわたって均一なギャップ幅が維持できる高性能ヘッドを開発・搭載していました。
録音・再生という2つの役割を持つDATデッキは,CDプレーヤーに比較して約3倍という膨大なデ
ジタル処理が行われるため,通常のCDプレーヤー1台全体のデジタル処理ができるほどの高集
積度LSI(トランジスタ20万個以上の規模)が新開発され,デジタル処理部の小型化が図られ,筐
体全体の小型化も実現していました。
TCD-D10は,生録を前提としたDATデッキであるため,デジタル入力は備えず,ライン入力とマ
イク入力のアナログ入力のみが搭載されていました。生録にとって重要なマイクアンプにはローノ
イズFETが使用され,SN比100dB以上が確保されていました。さらに,マイクアンプ初段は15V
まで昇圧した電源を使用し,ダイナミックレンジを確保していました。
また,外観は2連に見えながら,回路上はライン入力とマイク入力をそれぞれ独立させた4連独立
型ボリュームが搭載され,NF型アッテネーターが使用されたしっかりした設計でした。
A/Dコンバーターは,当時のプロ用PCM機器で実績のあった安定性の高い16ビット二重積分型
が採用され,プリエンファシス録音がデフォルトとなっていました。
DATは,テープ上に音楽とは別にサブコードを記録するスペースが設けられ,それを利用したデジ
タルならではの高度な機能が実現されていました。スタートIDという信号を自動・手動で打ち込む
(TCD-D10では99ポイントまで可能)ことにより,自在な頭出しが可能になっていました。@ダイレ
クトサーチ(プログラムナンバーによりダイレクトに頭出し再生)Aスキャンサーチ(各スタートIDから
8秒間ずつ再生)Bブランクサーチ(未録音部分を自動的に探す)などの機能が搭載されていまし
た。また,早送り・巻き戻しも,再生時に押すと,キュー&レビュー機能となり,はじめ5秒間は通常
再生し,あとは早送り(巻き戻し)ができるようになっていました。
TCD-D10には,ポータブルDATならではの機能も搭載されていました。内蔵クロックから録音時
刻をリアルタイムで記録することができるレコーデッドタイム機能は,記録された年/月/日/曜日/
時/分/秒が,再生時にディスプレイに呼び出せる(TCD-D10の自己録再のみ)ため,記録性が
高まるようになっていました。ディスプレイは,低消費電力の液晶タイプで,レコーデッドタイムの
他,録音経過時間,テープ残量時間表示,バッテリー量警告表示ができるようになっていました。
さらに,不意の大入力による歪みを防止する20dBのアッテネーター(ON/OFF可能)や,録音内
容が確認できるモニタースピーカー,録音及び再生状態を保持するホールドスイッチなども装備
されていました。
また,TCD-D10には,キャリングケースとベルトが付属し,指向角度可変MS方式ワンポイント
マイクECM-959DT(MS=Middle Side 単一指向性のマイクカプセルを正面に向け、双指
向性のマイクカプセルを真横に向けて一つのケースに組み込んだもので,この方式は,マイクカ
プセルの角度を変えなくても、感度比を調整することによって包括角を変えることができるほか,
左右チャンネルの音が均一になることをはじめ,中央の音も充分に収音できるといった特徴をも
つ)が付属しているなど,そのまますぐに生録ができるようになっていました。
以上のように,TCD-D10は,国産初(世界初?)の可搬型ポータブルDATデッキとして画期的
な1台でした。小形の筐体に高い技術を凝縮したポータブル機を「デジタル・デンスケ」の名を冠
してDAT元年にいち早く発売したことは,まさにソニーの面目躍如たるものがあり,その意味で
もDATの歴史を飾った1台であったと思っています。