SANSUI
TU-S707X
DIGITAL SYNTHESIZER TUNER ¥54,800
1984年に,サンスイが発売したFM/AMチューナー。サンスイのシンセサイザーチューナーの第1号機は
TU-S607(1981年)ですが,TU-S607は,TU-S607EXTRA(1982年),TU-S607G EXTRA
(1983年)と,小改良を施されながら続いていきました。そして,技術的に大きく前進し,筐体デザインも
新たに薄型のものとなったサンスイの新しい世代のシンセサイザーチューナーがTU-S707Xでした。
TU-S707Xの最大の特徴は,「SLDD(Super Linear Digital Decoder)」と称するMPX復調回路の
搭載にありました。FMステレオ放送に対するMPX復調は,通常コンポジット信号に復調用キャリアを掛け
合わせる方法がとられ,矩形波スイッチング方式と正弦波復調方式があります。そして,矩形波スイッチン
グ方式は簡潔な回路で良好な特性が得やすいため,一般的に利用され,正弦波復調方式は,高価なアナ
ログ乗算器を要し,特性的に問題点があるため,実用に供されていませんでした。しかし,正弦波復調方式
には,不要高周波を復調しないという特徴があり,逆に矩形波スイッチング方式は,スイッチングキャリアが
不要高周波を復調させてしまうという根本的な問題点を持っていました。そのため,通常FMチューナーでは
不要高調波をカットするために,100kHz以上の成分を除去するローパスフィルター=アンチバーディ・フィ
ルターが搭載されていました。しかし,フィルターであるゆえ,コンポジット信号中に位相差を生じさせ,セパ
レーション等,音質劣化の要因になっていました。
「SLDD」では,コンポジット信号を通常の復調器と同時に114kHzでスイッチングする復調器に入力し,ここ
でバーディノイズの原因となる高調波成分を抽出し,逆相にしてもとの信号と合わすことで打ち消すという方
式がとられていました。これにより,アンチバーディフィルターが不要となり,フィルターに起因する音質劣化
が抑えられていました。サンスイの資料では,114kHzでのスイッチングの際に,矩形波の合成により作ら
れた疑似正弦波=ウォリッシュ関数系列を用いていると称し,コンポジット信号とウォリッシュ関数による合
成波形(疑似正弦波)を掛け合わせているという考え方で,矩形波スイッチング方式と正弦波復調方式の両
方のメリットを持つと謳っていました。
この「SLDD」は,ディスクリートの回路で組まれていましたが,後のサンスイのチューナーでは,サンヨー製の
IC・LA3450となり,小型化されました。また,同様のMPX回路は,2年ほど後に発売されたソニー製のチュー
ナー・ST-S333ESX,
ST-S555ESX等に搭載されたWODSDにも見られ,
よく似た方式であったと考えら
れます。さらに,ケンウッドのシンセサイザー・チューナーに見られるDPD・MPXとも類似性が感じられます。
フロントエンドは,5連相当で,ツインバリキャップダイオードが搭載され,妨害排除能力と同調安定性,低歪み
を実現していました。RF段,ミキサー部にはデュアルMOS FETが使用され,直線性,SN比,歪率の改善が
図られるとともに,強入力時のDレンジが確保されていました。
TU-S707Xに搭載されたクォーツシンセサイザーは,水晶発振によって作り出される基準周波数を25kHzに
アップした「パルススワロー方式」を採用していました。基準周波数を再生帯域外に追いやることで,基準周波
数が信号ラインに残留してノイズになることを防ぎ,クォーツシンセサイザーの安定した動作と高SN比を実現
してい
ました。
AM部は,FETバッファ採用によって高感度が実現され,バランス受け,バランス出しのアンテナ入力,オーディ
オ出力により,SN比の改善も図られていました。
パーツ等の面でも,中級クラスのチューナーながら,同社の主力機としてしっかりしたものが採用されていまし
た。アンテナ端子は,FM用のみならず,AM用も,GNDを別にしたフローティング・サーキット・システムのバラ
ンス受け方式が採用され,シャーシとの間に発生する接地電位の差によるコモンモード・ノイズをシャットアウト
することで,実使用時のSN比の改善が図られていました。また,高周波回路に使用する競れミックコンデンサー
には半導体セラミックコンデンサーが採用され,低歪み・高SN比を実現していました。電源部には,ファースト
リカバリーダイオード,高性能コンデンサー,極性表示付きACコードなどが使用され,強力な電源部が構成さ
れていました。FL周波数表示管は,信号ラインから分離されたスタティック・ドライブ方式が採用されていました。
機能的には,オーディオチューナーとしてオーソドックスながら使いやすい設計となっていました。プリセットメモ
リーは,FM8局,AM8局の計16局が可能で,スイッチを押すとメモリーされた局を約4秒ずつ順次モニターす
るプリセットスキャン機能も装備されていました。メモリーバックアップはリチウムイオン電池と大容量コンデン
サーの併用によるダブルバックアップが採用され,5年以上のメモリーが実現されていました。IF段のWIDEと
NARROWの切替,大入力時のフロントエンドの飽和による歪みを防ぐRF MODEスイッチ,FMノイズキャン
セラー,440Hz・0.39VのRECキャリブレーションなども装備されていました。
以上のように,TU-S707Xは,サンスイが同社のAU-X*07シリーズのプリメインアンプとの組み合わせを想
定した主力チューナーとして,技術的にもしっかりした内容を持ったチューナーでした。チューナーのブランドイ
メージが強くないサンスイゆえに,広く評価はされていませんでしたが,検波回路に他社に先駆けたSLDD方式
を搭載するなど,実質的な性能においてすぐれたチューナーでした。