1984年に,マランツが発売したCDプレーヤー。マランツは,1953年にアメリカで生まれたオーディオブラン
ドですが,資金難から1964年にスーパースコープ社に買収され,1968年には,日本のスタンダード工業が
スーパースコープ社と提携することとなり,マランツブランドのオーディオ機器の設計・製造も担当するように
なって,1975年より社名も日本マランツとなりました。1980年には,スーパースコープ社からオランダフィリ
ップス社にマランツブランドが売却され,日本マランツもフィリップス傘下に入ることとなりました。ソニーととも
に1982年に登場したCDプレーヤーのオリジネーターであったフィリップス社とともにCDプレーヤーの設計・
製造にあたっていた日本マランツは,フィリップスの技術を生かし,1982年に,CD-63,1983年にCD-73
を発売し,1984年に,CD-84,CD-54を発売しました。その意味で同社の第2世代のCDプレーヤーの主
力機といえる1台でした。
CD-84の大きな特徴は,「Zフィルター」の搭載にありました。1982年にスタートしたCDプレーヤーは,1984
年当時,D/A変換時,不要なサンプリング周波数44.1kHzをカットするために,6次〜9次,さらには11次
といった高次の急峻なローパスフィルターが必要とされ,位相特性等,音質への影響が問題となっていました。
「Zフィルター」は,D/Aコンバーターの前にデジタルフィルターを配し,D/A変換後に低次のゆるやかなローパ
スフィルターを配するというもので,この後のCDプレーヤーでは常識となる先進的な構成となっていました。
デジタルフィルターは,4倍オーバーサンプリング,2次ノイズシェイピングという,当時として非常に先進的なフィ
リップス製SAA7030が採用され,D/Aコンバーターには,これもフィリップス製のTDA1540が採用されてい
ました。TDA1540は,16ビット規格のCDでありながら14ビットタイプで,フィリップスがCD規格は14ビット
で十分と主張したことに通じるもので,14ビットを精度良く変換という考えで設計されたもので,SAA7030の
4倍オーバーサンプリング+2次ノイズシェイピングと組み合わせることで,理論上不利になるS/N比やダイナ
ミックレンジにおいても,当時主流の16ビット+アナログローパスフィルターのCDプレーヤーに負けないものと
なっていました。D/Aコンバターの後のローパスフィルターは,低次でしかも位相特性にすぐれる3次ベッセル
フィルターが採用され,高域まで良好な位相特性を確保すると同時に,通過帯域を30kHzまで広げていました。
また,D/Aコンバーターは位相特性等で有利なL・R独立の2D/Aコンバーターとなっていました。マランツは,
上述の通りフィリップスの傘下にあり,フィリップスの技術,素子を搭載してCDプレーヤーを設計していたことで,
フィリップス社のCDプレーヤーとも多くの共通点をもっていました。CD-84も,デジタル部の素子構成等は,フィ
リップス社の伝説の業務用超高級機LHH-2000と基本的に同じものとなっていました。
ピックアップ部のメカニズムには,フィリップス製のCDM-1が搭載されていました。CDM-1は,スイングアーム
タイプの駆動方式が採用されていました。光ピックアップの運動軌跡が円弧を描く方式で,CDのオリジネーター
のうちの1社であるフィリップスと日本マランツの2社のみが採用していました。腕の一端に光ピックアップを,支点
後方のもう一端にバランスをとるためのカウンターウェイトを付けたスイングアームがあり,これに固定されている
トラッキング・コイルが,円弧状磁石レールと組んでリニアモーターを構成し,スイングアームを円弧状に駆動する
ようになっていました。完全にダイナミックバランスがとれたスイングアームは,ピックアップの軌跡をしっかり安定
させ,シンプルな構造ながら確実なトレース動作が実現されるものでした。適度なイナーシャが与えられたスイン
グアームの動作は,外部からのショックやCDの汚れ,キズなどに対する耐性も高める効果がありました。
また,ディスクの反射面に焦点を結ばせるためのピント合せはフォーカス・コイルで対物レンズを上下(光軸方向)
に動かして調整するようになっており,トラッキング・コイルにより,レンズを光ピックアップごと移動するため,光学
系送りモーターが不要で,メカニズム自体がシンプルに仕上がっていました。
光ピックアップ自体も,当時の世界最小レベルまで小型化した半導体レーザーピックアップでした。徹底した小型
化を通じてピックアップの構成部品も極めてシンプル化され,光学系の部品はわずかにレンズ2枚と1個のビーム
スプリッターにまで減り,結果として組み立て精度を高い水準に保つことが可能となり,信頼性が大きく高められて
いました。さらに,小型化は,レーザー光線の中心部分のみを有効に利用する高効率設計が可能となり,位相特
性,S/N比にすぐれた信号ピックアップが実現されていました。
コンストラクション,パーツの面でもしっかりとした設計となっていました。スイングアームピックアップは,アルミダイ
キャスト製のベースに装着され,外部ショック,回転系の微振動の影響を抑え,より安定性の高い信号ピックアップ
を実現していました。電源部は,当時のCDプレーヤーとしては最大級の大型の電源トランス,大容量コンデンサー
で構成し,オーディオ回路とデジタル回路,サーボ回路,デジタルディスプレイ等,スイッチングノイズを発生させる回
路の電源をトランスそのものから分離し,2電源トランスの完全独立電源として,干渉によるノイズを防いでいました。
各ステージの構成部品は,すべてヒヤリングにより厳選され,アースポイントもヒヤリングで慎重に決定されていまし
た。
初期のCDプレーヤーらしく,選曲機能もかなり多機能となっていました。最大24曲までのランダムアクセスプログラ
ム,聴かない曲を飛ばして演奏できるディリートプログラム,全曲の頭を10秒ずつ次々と再生するオート・ミュージッ
ク・スキャン(AMS)が装備され,曲の頭出しも,前後のスキップや曲番指定だけでなく,インデックスナンバー,時間
でも指定できるようになっていました。リピート機能も,1曲,全曲,プログラムした曲,2点間とフル装備されていまし
た。
ディスプレイも,FL管による大型のデジタル表示で,プログラムナンバー(曲番),インデックスナンバー,時間が表示
されるもので,時間表示は,トータルタイム(ディスクまたはプログラムした曲の総演奏時間),ラップタイム(演奏中の
曲の演奏時間),リメインタイム(演奏終了までの時間)に切り換えられるようになっていました。また,ディスプレイ下
部には,演奏の経過を曲番の点灯で示すプログラムインジケーターも設けられていました。
また,赤外線リモコンも別売でなく標準装備されていました。(この当時はまだリモコンが別売の機種も多かったので
す。)
以上のように,CD-84は,初期のCDプレーヤーながら,次の世代のCDプレーヤーに通じるような先進的な内容を
備えつつ,しっかりと物量も投入されたバランスのとれた設計のCDプレーヤーでした。フィリップスの技術とマランツ
の技術が上手く融合し,使いやすさとバランスのとれた音質をもつ1台でした。
今,テクノロジーの頂点に立つ
マランツのCDプレーヤー
●SPECIFICATIONS CD-84●
■ディスク■
外径 | 120mm |
チャンネル数 | 2 |
トラックピッチ | 1.6μm |
スキャンニング速度 | 1.2〜1.4m/sec |
■信号フォーマット■
サンプリング周波数 | 44.1kHz |
量子化数 | 16ビット・リニア |
変調方式 | EFM |
チャンネルビットレート | 4.3218Mb/sec |
誤り訂正方式 | CIRC |
エンコード方式 | 2’sコンプリメント |
■光学ピックアップ■
半導体レーザー波長 | 0.78μm |
開口数(NA) | 0.45 |
焦点深度 | ±2μm |
ビームスポット径(ディスク表面) | 直径約1mm |
出力 | 2.0V |
出力インピーダンス | 60Ω |
再生周波数帯域 | 4Hz〜20kHz |
SN比 | 96dB以上 |
ダイナミックレンジ | 92dB以上 |
チャンネルセパレーション | 94dB以上 |
高調波歪率 | 0.003%以下(1kHz) |
ワウフラッター | 水晶精度 |
ディエンファシス | オートマチックスイッチング |
■その他■
電源 | 100V 50/60Hz |
消費電力 | 28W |
外形寸法 | 416W×90H×300Dmm |
重量 | 8.0kg |
※本ページに掲載したCD-84の写真・仕様表等は,1984年
7月のmarantzのカタログより抜粋したもので,日本マランツ
株式会社(現D&Mホールディングス)に著作権があります。
したがって,これらの写真等を無断で転載,引用等をすること
は法律で禁じられていますので,ご注意ください。現在もご使用中の方,また,かつて使っていた方。あるいは,思い出や印象のある方
そのほか,ご意見ご感想などをお寄せください。↓