Victor KD-3
PORTABLE STEREO CASSETTE DECK ¥73,800
1975年にビクターが発売した可搬型カセットデッキ。可搬型デッキではソニーの「デンスケ」
が強く,商品名が一般名詞に近づいたほどでしたが,そんな中で,ビクターは可搬型カセット
デッキの分野で頑張りを見せていたブランドの1つでした。そんなビクターが1975年に発売し
た意欲作がこのKD-3でした。
KD-3の最大の特徴は録音・再生ヘッドにありました。民生用デッキとして初めてセンダスト
合金を使用した「センアロイヘッド」を搭載し,すぐれた録音・再生性能を実現していました。
センダスト合金は,昭和7年(1932年)に東北の仙台で開発された純国産の合金で,磁気
特性に優れた純鉄の特性を生かすために鉄合金中の鉄の結晶を大きくすることで磁気特性
の良い合金を生み出そうとしたアイデアから生まれ,鉄と特殊シリコン(Si)約10%とアルミニ
ウム(Al)約7%を加えることで,磁気特性の非常にすぐれた合金が完成しました。東北大学
の研究室で生み出されたこの発明が仙台で行われたことから,仙台(センダイ)の圧粉鉄心
(ダストコアー)・・・「センダスト」と名付けられたこの合金は,磁気ヘッドの素材としてすぐれた
特性を持ち,早くから注目されていましたが,加工の難しさから民生用機用としてはこれまで
商品化されておらず,日本ビクターが数年の研究の結果,加工方法を開発し,SA(センアロ
イ)ヘッドとして商品化し,KD-3に初搭載していました。
SAヘッドは,パーマロイ積層コアーにコイルを巻き,その先端のテープ摺動部にフェライトに
匹敵する硬さで,しかも磁気的特性はパーマロイをしのぐ素材・センダスト合金をチップとして
高温接着した構造で,従来のヘッドに比べて,長寿命と高音質を高いバランスで実現していま
した。この後,各社からもセンダスト合金を使用したヘッドが発売されたものでした。
優れた性能のSAヘッドに組み合わせられるプリアンプには,低歪率・低雑音のプリアンプを採
用していました。特に,イコライザー回路には,直流まで負帰還をかけている2段直結NF型を
採用して,過渡特性を向上させていました。
SAヘッドと高性能プリアンプとの組み合わせにより,周波数特性25〜18,000Hz(クローム)
SN比56dB(JIS ANRS OFF時),歪率1.2%(ノーマル)という,据え置き型コンポデッキ
に遜色ない特性を実現していました。
可搬型カセットデッキとして,省電力が重要となりますが,KD-3は,乾電池6本で連続12時間
の録音が可能な省電力設計となっていました。
そのために,新開発の省電力設計のコアレスモーターが搭載されていました。コイルだけでロー
ターを形成するモーター構造が,鉄損失を解消し,従来のDCモーターに比べ,約1/2の電流で
動作できるようになっていました。この省電力で立ち上がりの早い高安定のコアレスモーターに
2.2φで真円度0.1μと精密機器なみの高精度キャプスタンや精巧な走行メカニズムにより,
ワウ・フラッター0.08%(WRMS)を実現していました。
また,電源部には電池6本の電圧を常に24Vに昇圧してアンプ部に供給する定電圧DC-DCコン
バーターが搭載され,電池電圧が下がっても9V〜6V間は常に24Vに昇圧しアンプ部のリニアリ
ティを保つようになっていました。また,外部入力端子にも外部入力安定化電源回路が装備され
カーバッテリーからの入力などでも安定して使用できるようになっていました。
テープセレクターは,バイアス,イコライザー独立式で,NormalとChromeの2ポジションで,クロ
ームテープの性能を生かした録音・再生ができるようになっていました。
ノイズリダクションとしては,ドルビーと互換性のあるビクター独自のANRS(Automatic Noise
Rduction System)が装備されていました。
録音レベル調整は,左右独立の録音ボリュームに加えて,左右同時に自在にフェードイン・アウト
ができるように録音用マスターボリュームが装備され,生録音に使いやすい設計となっていました。
入力は,ダイレクトに録音アンプに接続するLINE入力が背面に,MICアンプに接続されるMIC端
子が前面に装備されていました。入力切替スイッチにより,LINE,MIC,ATT MICに切り換えら
マイク入力に対しては,−20dBのアッテネーターが装備され,大音量の録音にも対応していまし
た。
レベルメーターは,出力インピーダンスの低いICでドライブされる白地の見易いVUメーターが装備
され,スイッチの切替でバッテリーチェックもできるようになっていました。
本体には,モニター用のスピーカーも装備され,野外等で生録音した際,本体のみで録音のチェック
ができるようになっていました。モニタースピーカー用のトーンコントロールも装備されていました。
以上のように,KD-3は,新開発のSAヘッドの初搭載をはじめとして,各部にビクターのデッキ技術
オーディオ技術が投入された,可搬型デッキの力作でした。デンスケのソニーの陰に隠れた形で,あ
まりメジャーな存在にはなれませんでしたが,据え置き型デッキとして見てもかなりの高性能デッキで
した。