Victor T-7070
SYNTHESIZED FM STEREO TUNER ¥160,000
1978年に,ビクターが発売したFMチューナー。ビクターが,実験的高級機として「Laboratory」の名称を冠して
開発・発売した「7070シリーズ」のチューナーで,当時のビクターの最上級機で,ビクターの製品史を見ても,歴
代の最上級機でした。
T-7070は,当時まだ数が少なかったシンセサイザー方式のチューナーでした。ビクターは1974年にオーレック
スの
ST-910と並んで国産初のシンセサイザーチューナー
JT-V20を発売したブランドで,シンセサイザーチュー
ナーに対して確かな技術を積み重ねていました。そうした技術を生かし,高性能チューナーに仕上げられていまし
た。
T-7070の特徴は,PLL(Phase Locked Loop)によるサーボ・ループ制御を各部に取り入れ,高性能・高安
定度を求めていたことでした。PLLは,入力信号と出力信号の位相差を検出し,フィードバックによって常に入力と
位相の同期した出力を得る回路で,様々な信号系の忠実度向上に大きな効果をもたらすため,オーディオ機器や
通信機分野でも用いられています。FMチューナーでは,1970年代の半ば頃からステレオ復調のためのMPX回
路に採用されるようになっていきました。T-7070でも,MPX回路にPLL回路を取り入れることで,正確なスイッチ
ング信号の生成が可能となっていました。さらに,PLL回路を用いてMPX回路に入力された19kHzのパイロット信
号のちょうど逆位相のパイロット信号を正確に作り出し,プリアンプとデコーダーの間でキャンセル回路を構成する
ことで,19kHzの急激なローパス・フィルターが不要となり,周波数特性や位相特性が高められていました。また,
デコーダー回路をNFBで低歪率化し,19kHzだけに応答すればよいPLLのフィルター特性を高めるなど,多角的
にMPX段の性能向上が図られていました。そして,これらの回路は1個のICに集積されていました。
T-7070は,シンセサイザーチューナーであるため,当然局部発振回路は,PLL化されていました。基準入力信
号に水晶発振子からの正確な分周周波数を用い,これに局部発振周波数を一致させてロックするクォーツロック
を採用しているため,受信周波数の安定性と精度が非常に高く,さらに,容量可変ダイオード(バリキャップ)とプロ
グラマブルカウンター回路をプラスして,バリコンとコイルによるLC同調回路をなくした,純電子式デジタル・シンセ
サイズド・チューナーとして仕上げられていました。チューニングはUP/DOWNボタンによって100kHz単位で行わ
れるようになっていました。
T-7070の最大の特徴は,世界ではじめて検波回路にPLL回路を採用していたことでした。従来PLL回路が搭載
されていたMPX回路では扱う周波数が19kHz〜76kHz,局部発振回路では100kHzであったのに対し,検波回
路では10.7MHzと桁違いに高い周波数になるため,検波回路のPLL化は,SN比や歪みの点で実用化が難しい
とされてきました。ビクターは,その困難を排して,世界初のPLL検波回路を開発し,搭載していました。その意味で
T-7070は,3つのステージにPLL回路を搭載するという3ステージPLLを実現した,世界初のチューナーでした。
PLL検波回路は,この後のチューナーに次第に採用されるようになっていきました。位相比較回路→ローパスフィル
ター→VOC(電圧制御発振器)で構成されるループからなり,常にIF信号の位相と同期した検波出力を得るという方
式で,(1)温度や経時変化の影響をほとんど受けない,(2)微分利得特性(検波特性の直線性)が入力レベルと無関
係にPLLのロック・レンジ内でフラットであり,きわめて歪みの少ない出力が得られる,(3)ロック・レンジ内の信号だ
けを検波するフィルター特性を持つ,(4)ロック・レンジは入力の強度に応じて自動的に変化し,IF段の帯域幅切換な
しで弱信号の選択度を高めることができる,(5)AM抑圧能力がある,など従来のクオドラチュア検波などにはなかっ
た多くの長所があるということでした。
IF段の選択素子には,新開発の「SAWフィルター」が採用されていました。「SAWフィルター」は,Surface Acoustic
Wave=表面弾性波フィルターの略で,圧電素子の上に櫛の歯状の電極を対向させたものを2組作り,発振側をピエゾ
励振し表面振動として受信電極に伝え再び電気変換するもので,素材の弾性や電極の形で周波数や帯域幅を決めるこ
とのできる,当時最新のフィルターで,群遅延特性の直線部分が同等の選択度を持つセラミックフィルターの2倍も広く,
長期の性能安定性もすぐれているというもので,位相歪みを低減しながら高い選択度を実現していました。
シンセサイザーチューナーであるT-7070は,フェザータッチの電子スイッチによるスイープチューニングとなっており,
7局までのメモリーが可能となっていました。また,ステレオセパレーションを調整して歪みやノイズを抑えるハイブレンド
2段階に切換が可能なミューティング,録音基準信号を発振するレコーディング・レベル・キャリブレーターなどの機能も
搭載されていました。
以上のように,T-7070は,「7070シリーズ」のプリアンプEQ-7070等と同じパネル高50mmという薄型の筐体の中
に,先進的な技術を投入した意欲作でした。3PLL構成など,技術的内容を見ても,シンセサイザーチューナーの全盛
期に向かう前触れを感じさせる1台ではないかと思います。