YAMAHA AX-900
NATURAL SOUND STEREO AMPLIFIER ¥79,800
1986年に,ヤマハが発売したプリメインアンプ。型番から見ると,AX-2000に先行して発売された弟機と
いう位置づけになりますが,それまでの同社のこのクラスのプリメインアンプとは大きくイメージを変えて,分
厚いパネルと重量級の筐体を持っていました。ソニーの戦略モデル
TA-F333ESXか
ら始まったともいえる
79,800円クラスのプリメインアンプの激しい競争・いわゆる「798戦争」のまっただ中に投入されたモデル
であっただけに,クラスを超えたしっかりした内容を持った重量級のプリメインアンプとなっていました。
AX-900は,「798戦争」に投入されたモデルだけに,「LiD(Low-impedance Drivabilty)電源」と称する
強力な電源部が大きな特徴となっていました。これは,その名の通り,低負荷時のドライブ能力を高めたもの
で,きわめて正攻法に設計されていました。電源トランスとして「GT(Gigantic & Tremendous)トランス」と
称される大型のものが搭載されていました。この電源トランスは大型のEIコアにトランス巻き線を隙間なく密
に巻き付け,さらに外部に磁束が漏洩することのないように,トランス全体を厳重に磁気シールドし,その後
内部を珪砂とポリブタジエン樹脂で充填したもので,音質に影響を与える鳴きと振動を抑える対策がしっかり
施され,重量7.5kg,電源容量は350VAに達していました。
電解コンデンサーとして,「Digital Readyケミコン」と称するオーディオ用アルミ電解コンデンサーを搭載して
いました。この電解コンデンサーは,誘電体であるアルミ酸化皮膜を通常の2倍の時間をかけてムラなく形成
し,イオンの移動スピードを高めた専用電解液,分解箔の使用により高域インピーダンスの上昇を抑えたもの
でした。また,電気的・機械的強度を高めるために,箔と端子を発熱させて密着し,箔を固く巻いた後充填材
を封入し,ケース外側のスリーブやキャップを厚くするなどの工夫も加えられていました。これらにより,低イン
ピーダンス,ハイスピード応答を実現していました。
さらに,純度99.99%の無酸素銅線を使用した極太の配線材を使用してパワーアンプ部最終段のパワート
ランジスターに大電流を供給することで,より強力電源部の効果を高めていました。このパワーサプライコード
は固めの透明PVC被膜でしっかり線材を締め付ける構造がとられ,コード鳴きも抑えられていました。
パワー段には,新たにALA(Absolute Linear Amplfication)回路を開発し,搭載していました。ヤマハは
同社のアンプに,NFB以外の歪み低減方式として
ZDRを早くから開発,搭載して
いましたが,これをさらに発
展させたものでした。プリドライバ段中点電位と出力段電位を差動検出し,なおかつALAの利得を1として出力
段で発生した歪み成分をことごとくキャンセルしようとするもので,1Ω負荷ダイナミックパワー時においても歪
み成分をキャンセルする「スーパーZDR」とでもいえる回路でした。パワートランジスターとして広帯域・ローノイ
ズ特性の大型のモールドパッケージタイプのHi-fTパワートランジスターが使用されていました。
イコライザー部はヤマハが誇る「リアルタイム・フォノイコライザー」となっていました。これは,RIAA素子を2つ
使用したもので,NF型とCR型を組み合わせて両者の良いところをとるという巧妙なものでした。周波数特性的
にも時間的にも優れた特性でイコライジングが行え,高域の位相ずれも少なく,位相補正も軽くてすみ動作の安
定したイコライザーとなっていました。また,ローノイズ・トランジスターを使用することですぐれたSN比も確保さ
れていました。また,ハイゲインイコライザー方式によりMCカートリッジにも対応していました。
プリメインアンプでは,信号経路が短くできる反面,MC入力等の微弱な信号からスピーカーを駆動する大出力
信号までが1つの筐体に混在するため,筐体内部の構成が重要になります。AX-900では,入力セレクター・イ
コライザー部,プリ部,パワー部を基板上から完全に独立させ,電源もパワー部と別巻き線としていました。その
うえで,信号経路が重ならないように各回路部をシャーシ内に配置し,さらに,入力セレクター・イコライザー部,
プリ部にはシールドカバーを設けて干渉を排除するようになっていました。また,パワーアンプ部ドライバー段の
には,L・Rシンメトリー基板が採用され,スピーカー出力信号の切換となるスピーカースイッチ,MM/MCカート
リッジセレクタには,コネクティングロッドによるリモートスイッチが搭載され,スピーカー端子,アンプ部基板の
間際で切り換えることで,内部配線の引き回しを避けていました。
パーツの面でも,上述したHi-fTパワートランジスターの他,電源を低インピーダンス,ハイスピード供給するため
に基板に埋め込まれた純銅バスバー,低歪率・ローノイズ特性のアルミ電解コンデンサー,ポリプロピレンフィル
ムコンデンサー,銅箔スチロールコンデンサー,OFC出力コイル,低共振設計アルミ押し出しヒートシンカーなど
厳選されたものが採用されていました。
機能的には,プリメインアンプとして比較的多彩な機能が搭載されていました。CD入力に対しては,「CDダイレクト
スイッチ」が装備され,CD専用のプリアンプが設けられており,CDダイレクトスイッチをONにすることで,トーン回
路,バランスコントロール,フィルター回路等を経由せず,オーディオミューティング,ボリューム,CD専用プリを経
由するだけのシンプルでストレートなプリアンプ構成がとられるようになっていました。ラウドネスとして「コンティニュ
アスラウドネス」が搭載されていました。これは,通常のラウドネスが低域と高域を持ち上げて,ボリュームを下げた
ときの小音量時の聴感上のバランスをとるのに対し,低域・高域を持ち上げず,中域を絞り込むことで聴感上のバ
ランスをとるものでした。ボリューム位置はそのままで,中域の変化量(0〜−40dB)に応じて最適の音量が設定さ
れる仕組みとなっていました。また,テープ入出力は2系統あり,それぞれ専用にREC OUTセレクタ画も受けられ
ていました。そのため,2系統のREC OUTに同時に別のソースを出力することができ,2台のテープデッキ,DAT
等に対して,別々のソースが録音できるようになっていました。
トーンコントロールは,TREBLE,BASSに加えMIDも設けられた3バンドトーンコントロールが備えられ,トーン回路
をパスするスイッチも装備されていました。フィルターとしてはハイフィルターとサブソニックフィルターが装備されてい
ました。また,プリアンプ部とパワーアンプ部をセパレートして使用できるプリアウト/メインイン端子も装備されていま
した。
以上のように,AX-900は,ヤマハの中級クラスのプリメインアンプとして,しっかりと物量,技術を投入して作り上げ
た「798戦争」の1台でした。ヤマハらしい精悍でシャープなデザインとそのイメージとつながるようなしっかりした音
をもっていました。「798戦争」の中では,同業他社の中で個性が発揮できない形であまり目立つ存在にはなりませ
んでしたが,実力派のアンプであったと思います。