PIONEER F-777
FM/AM DIGITAL SYNTHESIZER TUNER ¥55,000
1992年に,パイオニアが発売したFM/AMチューナー。パイオニアは,チューナーのイメージ
はあまり強いブランドではありませんが,1970年代より,性能がよく実用的なチューナーを作
り続けてきたブランドで,パルスカウント検波のバリコン式チューナーF-700や,D.D.デコー
ダーのF-120など印象に残る優れたチューナーも数々あります。そして,F-120の流れを汲
むシンセサイザーチューナーとして,1987年にはF-717,1990年にはF-757を発売し,こ
のF-757をベースに開発されたチューナーがF-777でした。
F-777には,パイオニア自慢のD.D.デコーダーが搭載され,技術的特徴となっていました。
D.D.は,デジタル・ダイレクトの略で,検波,復調をデジタル信号で行おうという方式でした。
1970年代より,パルスカウント方式など,FM波をパルスに変換しデジタル化して扱う技術が
進められていきましたが,それを一歩進めた形になった方式で,F-120で開発され初搭載さ
れました。従来のチューナーは,アナログ信号であるFM信号にパルス波の一種,矩形波であ
るサブキャリアを掛算して復調していました。D.D.デコーダーでは,発想を転換し,FM信号
をパルス波にし,サブキャリアを正弦波にして掛算するという方式でした。これにより,検波,復
調という2つの行程を一気にやってしまうシンプルな回路となり,また,サブキャリアがなめらか
な正弦波であるためオーディオ信号への悪影響も抑えられ,さらに53kHz以上のノイズをカット
するためのアンチバーディーフィルターも必要としないという巧妙な方式でした。このD.D.デ
コーダーは,1985年発売のF-120Dで,D.D.デコーダーTYPEⅡに改良されていました。
TYPEⅡでは,FM信号をデジタル信号に変換するパルス変換部にC-MOS ICを採用して波
形そのものの精度を向上させ,いっそう低歪率高SN比を実現していました。1987年のF-717
に搭載されたD.D.デコーダーTYPEⅢは,TYPEⅡまでのD.D.デコーダーがメインの検波
方式にパルスカウント方式を採用していたのに対し,よりシンプルなPLL方式を採用し,第2IF
が不要となり,さらに信号系のシンプル化が実現され,SN比も向上していました。そして,1990
年のF-757からは,D.D.デコーダーTYPEⅣとなり,F-777にも引き継がれていました。
D.D.デコーダーTYPEⅣでは,検波方式にクオドラチュア検波が採用され,ダイレクトにオー
ディオ信号に復調する際にIFフィルターで発生する歪みを独自のリニアライザー(歪みを打ち消
す回路)で復調信号を入力部に帰還させて解消するシステムも搭載されていました。
フロントエンド部は,F-120シリーズ以来,相互変調特性を高める(隣接局の妨害を防ぐ)ため
に,同調素子にバリキャップを2つ使ったツインバリキャップを採用し,4連バリコン相当となって
いました。高い周波数まで扱えるPLL ICを搭載し,これにより,比較周波数を日本のFM局の
置局間隔と同じ100kHzまで上げて,19kHzのパイロット信号だけでなく,38kHzのサブキャリ
アとも十分に離すことで,ビートやノイズを大幅に低減する,ソニーと同じ「ダイレクトコンパレータ」
が搭載されていました。また,MOS FET採用のRF増幅部,FET採用のバランスドミキサーを搭
載し高精度な受信部を構成し,相互変調特性を高めていました。
さらに,フロントエンド入力部に10dB・20dB,30dBの3段切替のRFアッテネーター回路を搭載し
隣接局の妨害を抑えた受信が可能となっていました。
IF部には,独立した歪み調整回路により適正ポイントで動作するセラミックフィルターが4段構成
のNORMAL~NARROW~セラミックフィルターが6段構成のSUPER NARROWまでの3段階
の帯域切替回路が搭載されていました。
そして,受信部には,F-757では,2次歪みまでのキャンセラーであったのが,新開発の3次歪
みキャンセラーが搭載され,高調波歪みがさらに抑えられるようになっていました。
MPX部は 自社製のIC・ PA5007による PLL MPXが採用されていました。さらに,ステレオ受信
時のノイズを抑えるため,自社製のオリジナルICを用いたMPX NRが搭載されていました。従来
のハイブレンドのようにセパレーションを低下させるものではなく,AF帯域ではたらくもので,弱電
界受信でも10dB以上のSN比の改善を可能としていました。また,FMのみでなく,ステレオ受信
機能をもったAMにおいても機能するようになっていました。ステレオ復調後のローパースフィルター
には,FDNR(Frequency Depenndent Negative Resistor:周波数の二乗に反比例する負の
抵抗)による高性能ローパスフィルターが採用され,すぐれた特性を実現していました。
そして,振動による音質や受信安定度への影響を抑えるために,底部に強度を高めたハニカム
シャーシを採用し,大型のインシュレーターを採用することで,外部からの振動に強い筐体構造と
していました。
F-777の大きな特徴として,AMステレオ放送に対応していたことがありました。日本でのAMス
テレオの本放送は,1992年3月より,モトローラ方式で始まりました。F-777はこれに対応した
チューナーの一つでした。AM部は,2連バリキャップ方式で,RF 入力に FET フォロア回路を追
加した構成で,すぐれた感度と選択度を実現し,このチューナーでAMの遠距離受信を楽しむ方
もいたほどの性能をもっていました。AMステレオ放送受信時には,FMと同じくMPX NRも使用
できるようになっていました。
F-777は,チューナーとして豊富な機能を搭載していました。チューニングは,UP/DOWNキー
及びロータリーエンコーダーを介したチューニングノブによるマニュアルチューニング,オートチュー
ニングが搭載されていました。オートチューニングは,オートレベルボタンでオートサーチレベルを
6段階で切り換えることができるようになっていました。また,マニュアルチューニングではFM受
信周波数を10kHzで微調整できるファインチューニングが搭載され,10キーで直接周波数を入
力するダイレクトチューニングも搭載されていました。
プリセットは,FM/AMランダムで10局ずつ4グループの計40局が可能となっていました。1~4
のうち1つのグループ内のプリセット局を数秒ずつ呼び出せるメモリースキャンも搭載されていま
した。
ユニークな機能として,SSS(Spectrum Simulated Stereo)ボタンが搭載されていました。ON
にすることで,FM/AMのモノラル受信時に,疑似ステレオとして,臨場感を増した音にすることが
可能となっていました。
そのほか,上述のように,3段切替のRFアッテネーター,3段階のIF帯域切替,MPX NRが装備
されていました。そして,主な機能を操作できるワイヤレスリモコンが標準装備されていたのも特
徴でした。FL表示部には,周波数,バーグラフによる信号強度の表示の他,デジタル表示での受
信局の信号強度の表示,各種の機能の動作状態など多彩な表示機能が搭載されていました。
以上のように,F-777は,パイオニアのチューナー技術の集大成的な製品で,多機能とすぐれた
受信性能を実現していました。チューナーの世界では,高級機はほとんど発売されなくなったこの
時期に登場しただけに貴重な本格的オーディオチューナーでした。その受信性能の良さは,オー
ディオファンだけでなく,遠距離の放送を受信する一部のファンにも高く評価されたという面もあり
ました。特に,AM部の性能の良さは,多くのチューナーの中でも抜きん出ていたといわれていま
す。発売から10年というロングセラーモデルともなり,現在でも中古市場で人気のあるチューナー
の1つとなっています。
以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。
3次歪みキャンセラ-,
新開発高ダイナミックレンジ
・フロントエンド
そしてDDDタイプⅣを搭載。
SN比92dBのクリアーな
再生音を得た
実力派チューナー。
◎低歪みと高SN比を実現した3次歪み
キャンセラ-&DDDタイプⅣを搭載。
◎隣接局の妨害を排除し,クリアーな
音質を獲得する高ダイナミックレンジ
・フロントエンド。
◎エアチェックの楽しみが広がる
AMステレオ内蔵。
◎弱電界時のノイズを抑える
MPX NRを搭載。
◎徹底した防振対策や高品質パーツの
使用によりクリアーな音を再生。
◎アナログ感覚の操作フィーリングが
心地良いロータリーエンコーダ。
●FM,AMのモノラル受信時でも,
自然なステレオ感が得られる
スペクトラムシミュレーテッドステレオ
●FM,AM40局をランダムにプリセット可能
●希望局の選択が簡単にできる
ダイレクト・アクセス・チューニング
●隣接局などの妨害を受けている局の受信で
威力を発揮するファイン・チューニング
(10kHzステップ・FMのみ)
●シグナルレベルが一目で分かる
デジタル・シグナル・メータ
●方向の異なる局の受信に威力を発揮する
2系統のアンテナ入力
●当社のシステムと連動を可能にする
SR端子を装備
●ワイヤレスリモコン付属
●主な仕様●
■FMチューナー部■
受信周波数 |
76~90MHz |
実用感度 | モノラル9.3dBf(0.8μV/75Ω) |
SN比 | モノラル:100dB ステレオ:92dB |
高調波歪率 | モノ :0.003% (1kHz) ステレオ:0.008%(1kHz) |
キャプチュアレシオ | 0.8dB |
実効選択度 | 75dB(400kHz,NORMAL) 90dB(400kHz,SUPER NARROW) |
ステレオセパレーション | 1kHz:70dB 20Hz~10kHz:54dB |
周波数特性 | 20Hz~15kHz +0.2,-0.8dB |
イメージ妨害比 | 80dB |
IF妨害比 | 100dB |
スプリアス妨害比 | 80dB |
AM抑圧比 | 80dB |
サブキャリア抑圧比 | 65dB |
ミューティング動作レベル | 23.2dBf(4.0μV/75Ω) |
アンテナ | 75Ω不平衡型 |
出力端子 | 出力レベル/出力インピーダンス:666mV/900Ω(FM100% 変調) |
受信周波数 |
522~1,629kHz |
実用感度 | 150μV/m(付属ループアンテナ) |
選択度 | 40dB(±9kHz) |
SN比 | 50dB |
イメージ妨害比 | 40dB |
IF妨害比 | 60dB |
アンテナ |
ループアンテナ(付属) |
出力端子 |
出力レベル/出力インピーダンス:150mV/900Ω(AM30%変 調) |
電源電圧 | AC100V,50/60Hz |
消費電力(電気用品取締法) | 14W |
スタンバイ時消費電力 | 5W |
外形寸法 | 440(W)×86(H)×334(D)mm |
重量 | 4.0kg |
※本ページに掲載したF-777の写真,仕様表等は1995年1月
のPIONEERのカタログより抜粋したもので,パイオニア株式
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