DENON POA-S1
MONAURAL POWER AMPLIFIER ¥2,000,000
1993年に,デンオン(現デノン)が発売したモノラルパワーアンプ。デンオンは,1992年
より「S1シリーズ」を展開していきました。「S1=Sensiteive One(感性に訴えかけるもの)」
という名称を持つこのシリーズは,デンオンの歴史の中でも最高級機の並ぶシリーズで,当
時,コストの制約を外して,音質を追求し物量を投入した製品群でした。
MCカートリッジ(DL-S1¥80,000)昇圧トランス(AU-S1¥80,000)セパレート型CD
プレーヤー(DP-S1 880,000,DA-S1 ¥780,000)に続いて発売された超弩級の
モノラルパワーアンプがPOA-S1でした。

POA-S1は,幅約48cm,奥行き約68cm,重量79kgというデンオン史上最大級のパワー
アンプであり,歴代の国産パワーアンプとしても最大級でありながら,シングルプッシュプルと
いう構成をとっていたことでした。大出力のパワーアンプを実現するには,多数の出力素子を
使用したパラレルプッシュプル構成がとられるのが通常でした。また,この頃増えてきたプレー
ナー型スピーカーなど,低インピーダンスのスピーカーを駆動するだけの駆動力,電流供給
能力を実現するためにも多数の素子を使用するのが通常の回路構成でした。
しかし,多くの素子をパラレルで使用すると,各素子の特性をそろえるのはきわめて困難で,
リニアリティの低下が起きる問題点があり,リニアリティを追求するとシングルプッシュプルが
最もすぐれています。こうしたことから,従来,大出力,強力な駆動力を持つシングルプッシュ
プルアンプというのは存在していませんでした。それを実現した初のアンプがPOA-S1でした。
実際に,POA-S1の出力段は,シングルプッシュプルながら,250W(8Ω),500W(4Ω),
1000W(2Ω),1400W(1Ω)という出力を実現していました。また,デンオンの実験では,
1Ω負荷時で約2000Wを記録したということで,1Ω負荷時まで動作保証した初めてのシン
グルプッシュプルアンプだったはずです。



シングルプッシュプルで大出力を実現する鍵となったのがUHC-MOS・FETでした。シンプ
ルな回路構成で大出力,強力な駆動力を実現できるパワーディバイスをあらゆる素子をテ
ストしていく中で,デンオンが発見
したのがUHC(Ultra High Current=大電流)MOS FETだったそうです。UHC-MOSは,
当時,半導体ハンドブックにも記載されている素子でしたが,もともとオーディオ用の素子で
はなく,大電流スイッング用の素子で,それまでオーディオ用として使われた例はなく,他メー
カーの技術者も産業用として認識し,音を聴こうとも思われてなかったという素子でした。
POA-S1に用いられたUHC-MOSは,これ1個で一般に使われているMOS-FETの35
パラ分,バイポーラトランジスター3パラ分の電流リニアリティがあるというもので,これによ
り並列接続の必要がなく,シングルプッシュプルが可能となったというものでした。
しかし,このように理想の素子とも思えるUHC-MOSには,(1)定格電流が大きいので回路
の工夫が必要であること,(2)耐圧が低い(他の素子が100V~200Vであるのに対して60
V以下)ことなどの弱点があるため,一般的な回路ではUHC-MOS本来の能力を十分に発
揮させることができないことになります。
そこで,POA-S1では,バイポーラトランジスター+,-で各10パラレルのカスコードブート
ストラップ回路が接続され,UHC-MOSにかかる電圧を常に一定に保つとともに動的なPc
(コレクタ損失)の変化を抑え,安定動作確保し,駆動能力と小レベル時の応答性を両立させ
る巧妙な設計となっていました。

基本的な回路構成は,電圧増幅段2段,電力増幅段1段というシンプルなもので,入力から
出力までBTLによるバランス回路となっていました。そのため,出力段(電力増幅段)では,
UHC-MOSが4個使用され,ハイパワー化が図られるとともに,BTL回路の採用により,耐
圧の高いコンデンサー類の使用を強いられることなく,音質重視のパーツが使用でき,グラ
ウンドと音楽信号の完全分離が可能となっていました。
電力増幅段は,チムニー型の大型ヒートシンクを中心に完璧な左右対称配置で,その後は
電圧増幅段2段というシンプルな構成あり,そのシンプルさからくる安定動作ゆえに,通常は
必ず付加される出力コイルやソース抵抗も排除され,この面でもシンプルでストレートな伝送
が徹底されていました。
また,アンバランス入力に対しては,低インピーダンスで,高S/N設計のディスクリート構成
のインバーテッドΣバランス回路で対応するようになっていました。



UHC-MOSを定電圧大電流で動作させるために,電源部はトロイダルトランスを2個パラレ
ル使用してトランス自体のインピーダンスを半減させて電源供給能力を高めていました。また,
大型の電源トランスはケースに収めカバー内部にピッチを充填して振動低減を図る場合も多
いのですが,POA-S1の電源トランスはあえてカバーを設けず,ケースとピッチによる内部共
振の発生を避けていました。さらに,電圧増幅段専用のトランス装備して,電源の干渉を抑え
た3トランス構成となっていました。電解コンデンサーは,30,000μF,2,000μFのものを
それぞれ2こずつ搭載していました。そして,整流回路にもUHC-MOSを採用していました。
UHC-MOSの電流損失は,ショットキー・バリア・ダイオードの約40%,シリコンダイオードの
約20%と低いため,発熱が小さく高効率・低損失な電源回路となっていました。



大出力の重量級パワーアンプだけあって,振動対策も徹底されていました。シャーシは,CD
トランスポートのDP-S1と同様の非磁性体の砂型鋳物製で,この土台にトロイダルトランス
とこちらも砂型鋳物製のヒートシンクを直接マウントした構造になっていました。高圧で鋳型
に圧入するダイカストに比べ,砂型鋳物は歪みが少なく,丈夫で鳴きにくいというメリットが
あり,振動を抑制する働きがより大きいというものでした。さらに,2個のトロイダルトランス
とヒートシンクの直下に脚(フット)を固定して,振動を速やかに逃がそうという構造になって
おり,「ダイレクト・メカニカルグラウンド構造」と称していました。

機能的にはシンプルそのもので,前面パネルには,電源スイッチとLEDによる3個のインジ
ケーターのみで,背面には,XLRのバランス入力端子とRCAピンのアンバランス入力端子
が各1系統,スピーカー出力端子が1系統が備えられていました。

以上のように,POA-S1は,デンオン史上最大級,最高級ともいえるパワーアンプで,モノ
ラル構成ながら80kgにも届こうかという巨大ともいえる筐体,1台200万円,つまりステレ
オ構成で400万円という,まさに国産オーディオの歴史の中でも常識を外れた1台だったと
思います。デンオンというブランドのイメージやその巨大な外観から想像する派手な音調や
モニターアンプ的な音調ではなく,むしろ底力はあるものの力をむき出しにしない緻密な音
が特徴的でした。そして,ここで初搭載されたUHC-MOSは,その後のデンオンブランドの
アンプに広く採用されていくこととなりました。


以下に,当時のカタログの一部をご紹介します。



”繊細さ”と”力強さ”の
共存を実現する
UHCシングルプッシュプル回路。
そして,新たな振動防止アプローチ。
かつてない音楽感動が
ここから始まる。

◎大電流型増幅素子UHC-MOSの採用に
 よる理想的な回路
◎素子の能力を最大限に引き出すカスコード
 ブートストラップ接続
◎ソース抵抗,出力コイルを追放。高純度伝送
 を究める出力回路構成
◎音楽信号の純度を守るBTL回路
◎あらゆるスピーカーを鳴らし切る定格出力
◎ゆとりある電力供給が生む音楽の精緻。
 2個並列接続のトロイダルトランス
◎低損失化と高速性に磨きをかけた
 UHCパワーサプライ回路
◎振動防止アプローチの新たなる次元。
 ダイレクトメカニカルグランド構造




●POA-S1の主な仕様●

定格出力
250W(負荷8Ω,20Hz~20kHz T.H.D.:0.05%)
500W(負荷4Ω,1kHz T.H.D.:0.5%)
1000W(負荷2Ω,1kHz T.H.D.:0.5%)
1400W(負荷1Ω,1kHz T.H.D.:0.5%)
全高調波歪率
0.008%(20Hz~20kHz,負荷8Ω,定格出力-3dB)
混変調歪率
0.003%以下(7kHz/60Hz=1/4,負荷8Ω,定格出力相当振幅出力時)
出力帯域幅
5Hz~50kHz(T.H.D.:0.05%,負荷8Ω,定格出力-3dB)
周波数特性  1Hz~300kHz(負荷8Ω,1W出力時) 
入力感度
NORMAL:1V,BALANCED:1V
入力インピーダンス
NORMAL:47kΩ,BALANCED:47kΩ
出力インピーダンス
0.05Ω(1kHz)
SN比
120dB以上(”A”カーブウェイティング)NORMAL:110dB,BALANCED:120dB
スピーカー出力端子
1Ω以上
電源
AC100V 50/60Hz
消費電力
1,100W
外形寸法
(足,ツマミ,端子を含む)
483W×273.5H×683.5Dmm
質量 79.0kg 
※本ページに掲載したPOA-S1の写真,仕様表等は1996年10月
 のDENONのカタログより抜粋したもので,D&Mホールディングス
 に著作権があります。したがって,これらの写真等を無断で転載・
 引用等することは法律で禁じられていますのでご注意ください。

  
 
 
★メニューにもどる


★セパレートアンプPART10にもどる
 
 

現在もご使用中の方,また,かつて使っていた方。あるいは,思い出や
印象のある方,そのほか,ご意見ご感想などをお寄せください。


メールはこちらへk-nisi@niji.or.jp

inserted by FC2 system